16人が本棚に入れています
本棚に追加
/77ページ
「遥か北の地に棲む竜が持つという宝珠が見てみたい……ルナがそう言った時、誰もが耳を疑った。いくら何でも難易度が急に上がりすぎだ。俺は戦いの素人だが用心棒を雇える金なんてもはや残っていなかった。だが、ここまで残ったからには退くわけにはいかねぇ!そう思い無謀にも挑戦して、この有様というわけだ」
この世界には人間や動植物以外にも魔族と呼ばれる人類に仇なす種族が無数に存在し、竜はその中でも最も危険な部類に入る恐ろしい敵である。
竜たちの王は竜玉と呼ばれる宝珠を持っているとされており、それを手に入れるということは竜王を討ち倒すことを意味している。
「結局、その勝負は別の男が制した。俺は片足を失って戻ったが、彼女が言ったのは"ご苦労様"の一言だけだった……俺はあんな悪魔のような女の花婿なんてもう御免だと思ったよ」
全てを話し終え、男は乾いた笑いを高らかに響かせる。
「ねえ、花婿争いはまだ続いているの?」
ビアンカは男の隣に座り、食い入るように見つめながら尋ねた。
しかし、酔いが完全に回った彼は笑い続けるだけで彼女の声が耳に入っていない。
「5人、まだ残ってるよ。そんなことを聞いてどうする気だ?」
「決まってるじゃない。ルナと結婚するのよ」
.
代わりに答えた店主に対し、ビアンカは堂々と宣言した。
「おい!女じゃ花婿になんかなれねぇぞ?」
その会話を聞いていた大男が離れた席から笑い混じりに野次を飛ばす。
「不可能かどうかはあなたじゃない。私が決めるの」
「よ、よせ!やめろぉっ!」
彼女は立ち上がると右腰の鞘に納めた霊刀を抜いた。
「大丈夫、あなたを斬ったりはしないよ」
突然の抜刀に腰を抜かしていた大男はほっと胸を撫で下ろす。
「斬るのは私……」
ビアンカは首の後ろへ刀を回すと、腰まで伸びた髪を躊躇なく斬り落としてしまった。
「せっかくの綺麗な髪をっ」
「あんた本気であの我儘性悪女の花婿になるつもりか?」
「悪いことは言わねえ、やめておけ!男になったところであの5人には敵わないぜ」
見ていた者たちは口々に彼女を思い止まらせようとするが、ビアンカの辞書に"諦め"という文字など載っていなかった。
「ルナの花婿?違うわ。私がなるのは霊剣サラマンダイトの花嫁よ」
彼女はそう言い残し、軽くなった頭を触って確かめながら真昼の酒場を出た。
最初のコメントを投稿しよう!