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「お嬢様、お急ぎ下さい!」
使用人の急かす声。
「言われなくても準備してるわ!」
鏡台の前で櫛を片手に念入りに頭髪の跳ねがないかをチェックしている私に対し、彼は扉越しに圧をかけてくる。
帰って来た私に対して父はとても優しかったけれど、一つだけ聞いてくれないことがあった。
旅立つ前に交わした、心に決めた花婿が誰なのかを言うという約束を果たさせてくれないのだ。
曰く、それを言うのは3日待ってほしいとのことだったけれど、今日がその3日目になるわけだ。
もしかすると、使用人のあのいつも以上の慌てぶりとも何か関係があるのかもしれない。
「お待たせ」
広間に呼ばれているということは、来客でも来たのだろうか?
私はドレスの裾を持ち上げて急ぎ足で向かうことにした。
「おう、来たか」
扉を開けると、心待ちにしていた様子で父が私を出迎えた。
上座の椅子に腰掛けると、父の合図で使用人が来客を招き入れる。
また新しい花婿候補でも来たのだろうか? 私の心はもう決まっているというのに……
「初めまして、ルナお嬢様」
けれども、現れた男は私の予想を遥かに上回る存在だった。
「ここより遥か南に位置するルドベキア王国の国王・レックスです。ルナ様のお噂は我々の住む王都にまで及んでおり、ぜひ私の王妃になっていただきたく参りました」
今までの男たちとは訳が違う。熾烈な花婿争いの噂はいつの間にか遠く離れた地にまで伝わって、遂には一国の王が求婚に訪れてしまったのだ。
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