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これは使用人が慌てるのも無理はない。
3日間も待たされたのはこの王様に会って欲しかったからなのだろう。
「こちらこそ、初めまして。ルナと申します」
レックス王は大国の統治者という立場にあるだけでなく、長身で甘いマスクをしていて、私以上に何もかもを兼ね備えた完璧な存在に見える。
少し前だったら、いくら注文の多い私でも即決で結婚に踏み切っていたに違いないくらいの相手だ。
でも、今の私にはどんなに高貴で美しい男性が現れようとも揺るがない思いがあった。
これは父としても大きなチャンスだし、普通に考えればこんなに良い条件の縁談を断るのは愚行に他ならないけれど、今の私には"普通"の思考なんてできない。
「すみません。私、心に決めた相手がいるの」
「心に決めた相手? 誰だい?」
まさか自分が求婚を蹴られるなんて微塵も想定していなかったであろう王は動揺のあまり急に早口で聞き返してくる。
「人じゃないわ。私は人生を冒険に捧げることに決めたの。旅の花嫁になる」
「何だって? そんな……」
そして、レックス王は言葉を失ってしまった。
「ルナ、そう言うだろうと思ったよ。レックス王、娘には今日から旅人として生きることを許そうと思っております。ご期待に添えず、誠に申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げる父。彼は私が言おうとしていた"心に決めた相手"をわかった上で、敢えて求婚しに来た王様の前で本心を確かめようとしたのだ。
「さて、ルナ。旅支度をして来なさい」
「……ありがとう、お父様」
私は涙を拭うと、レックス王に深く頭を下げて自室へと戻った。
やっと自由に旅ができるという嬉しい気持ちと、一番の理解者である父のもとを離れる寂しさが混同し、私は鞄に荷物を詰めながら再び目が潤んできた。
「行ってきます」
全ての支度が整うと、私は父やレックス王たちに見送られながら都を旅立った。
"さよなら"ではなく、"行ってきます"だ。
これは別れじゃなくて旅立ちだ。いつかはわからないけど、また戻ってきて父や使用人やアベストスたちに土産話でもたくさん聞かせてあげることだってあるかもしれない。
そう思うと、涙も自然と出なくなり、真っ直ぐ前を向いて歩くことができた。
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