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私が部屋を出るのを物陰から確認した使用人は、足音一つ立てずに急ぎ足で厨房へと向かう。
それを承知の上で敢えて遠回りで食卓の間へ向かうと、絶妙な温度の食事が綺麗に並べられている。
世間一般には悪女だとか我儘娘だとか言われているであろう私も、こんな風に根は心優しいのだ。
「いただきます」
父はこの西の都で最も力のある男。つまり、王に等しい存在だ。
その娘である私は一国の王女と遜色ないくらい大事に扱われてきたと自負している。
ただ甘やかされてきただけでなく、食事の作法など、高貴な人物として身につけておくべきことは厳しく教え込まれた。
だから、例え食欲が振るわなくてもせっかく用意された食事を無駄にしたりはしないし、客人が待っていようとも焦って汚い食べ方をしたりはしない。
ナイフで切った肉を口に運び、しっかりと咀嚼して飲み込む。都で一番の腕前を持つ専属料理人の味付けをこの肥えた舌で堪能する。
それが、ただ出された料理を食べるだけの私が最低限守るべき礼儀であり、我儘お嬢様として振る舞う中でも譲れない部分なのだ。
「ご馳走様でした」
食事はいつも腹八分で済ませるべしーーそれが父・オーキナーからの食にまつわる教えだ。
人は満腹になってしまえば思考が停止してしまう。その隙に、他者に出し抜かれる恐れがある。
常に少し満たされないくらいが向上心を維持できて丁度良いらしいけど、私の場合は少なくとも今より上を見据えることができていないことは確かだ。
「お嬢様、広間へどうぞ」
部屋の出口で待ち構えていた使用人に案内され、私は求婚者たちの待つ広間へと向かった。
今までにもこうやって待たせる場面は何度かあったが、毎回どの男も忍耐強く振る舞ってくれていた。
将来得られるかもしれない莫大な財産と権限に比べれば、そのくらいの時間の浪費は痛くも感じないのだろう。言わば、未来に向けた時間の投資だ。
「待たせたわね」
平民同士の待ち合わせなら怒ってもおかしくないくらいに待たせていたけど、私は一言も謝る気はなかった。
悪意はあれど、別に悪いことはしていない。皆、好きで待っているだけなのだから。
広間の上座に置かれた謁見用とでも言うべき無駄に豪華な玉座のような椅子に腰掛けると、目の前に並んだ5人の男たちが深々と頭を下げた。
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