頑陋至愚のアルチュール

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 ***  気に食わない世界なら、死んでリセットすればいい。俺にとって、異世界とはただただそういう場所でしかなかった。  現代日本で苦しい思いをして生きてきた自分に対する、これはご褒美のようなものに違いない。もう一切頑張らなくていい、働かなくていい、何もしなくても無双できて愛される権利を神様が保障してくれたのだと、当たり前のようにそう信じていたのである。  だから。現代日本で自分という存在を生み出した世界にも、転生先の異世界にも感謝など一度もしたことはなかった。自分は当然の権利を行使しているだけ。好き勝手にしようが誰にも咎められることはなく、素晴らしいチート能力を持った自分が転生してきて“くれた”ことに世界の方こそ感謝するのが筋とさえ思っていたのである。  ゆえに。この時の晴嵐の言葉も、まったく俺の心には響かなかったのだ。  俺は怒りのまま彼女を殴り、乱暴し、その美しい顔がぐちゃぐちゃになるまで切り刻んだ後。怒りのまま竜巻の力で宮殿や町を散々破壊したあとで――自害した。何人、何十人、何百人――否、何十万人くらいは軽く死んだだろうがどうでもいい。こんなクソくだらない世界なんぞではない、もっと自分に相応しい世界があるはずだと信じてやまなかった。今度こそ、そんな世界が用意されているはずだと思い込んでいたのである。  そう、次の世界がやってくるまでは。  目覚めた俺は、今までのように神様と一対一で対峙しているという状況ではなかった。チート能力を貰うこともできないまま、次の世界に転生してしまったのである。しかも。 ――何だよ、これ!何でだよ、俺、何で声が出ねえんだよ!なんで動けないんだ、何もできないんだ、なんでなんでなんで!  そこは。俺が最初にいた現代に、そっくりな世界だった。どこかのボロボロのアパートらしき場所。住んでいる住民達の肌の色が皆濃いことからして、日本ではないアジアかアフリカか、まあとにかくそこらへんの別の国っぽい世界である。  俺は、人間ではなかった。  そのアパートらしき場所の、壁の一部になっていたのだ。動けない、話せない。それでも眼は見えて音は聞こえる。何もできない俺の前に毎朝住人らしき男達が並び、ぶつぶつと何かを唱えてナイフを振り上げるのだ。
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