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「ぁぁ…………」
今日も今日とて、残業。意地の悪い上司によって与えられた大量の仕事を必死にこなして、へとへとになって家に帰ってきた。
そんな私・鈴村楓(すずむらかえで)は、リビングに一歩入った地点で唖然となっていた。
倒れてカーペットを濡らしている花瓶。
転倒している液晶テレビ。
室内中に散乱する大量の資料。
まるで、嵐が過ぎ去ったよう。おもわず現実逃避してしまいたくなる光景が、そこには広がっていた。
「そんな……。そんなぁ…………っ」
室内の惨状を全て理解した私は立っていられなくなり、へなへなとその場にへたり込んでしまう。すると――
ガサガサッ ガサガサッ
――カーテンの後ろから、何かが動く物音が聞こえてきた。
ガサガサガサッ ガサガサガサッ ガサガサガサガサッ!
その音は次第に大きさを増し、やがてはバッと。閉じられていた緑色のカーテンが2つに割れ、物音を出している『犯人』が姿を現した。
疲労困憊の私に、更なる絶望を刻み込んだ恐ろしい存在。
その正体は――
「きゅ~んっ。うにゃ~っ!」
――カギ尻尾が特徴の三毛猫。
4か月前にこのアパートに迷い込んできて保護した、今やすっかり大切な家族となっているミーちゃん(メス)だ。
「にゃぅ~っ。にゃぁ~っ! ごろごろごろごろごろ」
そんなミーちゃんは私の姿を見て、大喜び。全力で胸元に飛びついてきて、顔をすりすり。喉を鳴らしながら、たっぷり甘えてきてくれる。
「ぅにゃ~。にゃ~っ。ごろごろごろごろごろ」
「あ~、うん、そうだよね。独りぼっちはつまらないし、寂しかったよね? ごめんごめん。ただいま、ミーちゃん」
家に帰ってきても作業があるなんて――。もう最悪――。
そんな思いは、可愛い仕草によってパッと消え去ってしまう。それどころかナデナデによって癒され、能面のようになってしまっていた顔には自然と浮かぶ。
「にゃ~っ。にゃぅ~っ! うにゃ~っ! ごろごろごろごろごろ……っ」
「うん、分かった分かった。明日はお休みだから、今夜はたっぷり遊べるよ。着替えるから、ちょっと待っててね」
そうして私は立ち上がってスーツを脱ぎ始め、
「にゃっ。にゃっ」
足元で尻尾をピンと立てている、ミーちゃん。そんな姿と、いつの間にか顔色が良くなっている鏡の中の自分を見て、今日も今日とて思うのだった。
うちには悪魔と天使がいるなぁ。
と。
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