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ものすごく高級な
「冗談はよしてくださいよ」
きっと冗談か、からかっているのだ。僕は男の言葉を笑って聞き流す。そして恋人とともにその場を立ち去ろうとする。
「待ってください。私は真剣なんです。せめてお話だけでも聞いていただけませんか」
男の顔つきはたしかに真剣で切実そのものだ。さっき開いたばかりのたんぽぽの花が、今にも鋭い刃で切り取られてしまうのをなんとかして欲しいと訴えるときのように。
恋人も男の真剣さと切実さを感じ取ったのか、僕に話だけでも聞いたらとうながした。
「実は私、あるレストランのマネージャーでして……」
男の差し出した名刺には、名前だけは聞いたことのある高級レストランの名前が記してある。あまりに高級で、僕たちがまず足を踏み入れない類のレストランだ。
「ひび割れザメってご存知ですか?」
「はあ。さすがに食べたことはないけど、名前だけは聞いたことがあるような……」
僕の言葉に、恋人が言葉をさらに続ける。
「ひび割れザメって、ものすごく高級な食材だって言いますよね。乾燥させた小型のサメに人の手でひび割れを入れるから」
恋人の言葉にマネージャーと名乗る男はうなずいた。
「おっしゃるとおり、たしかにひび割れザメのひびは人の手で作り出されます。それがなんとも言えないうまみと味わいを引き出すのです。人の手がかかった分だけ、料理の料金もそれなりになってしまうのは事実です。
私どもの店では、ひび割れザメのひびを毎朝バイオリンの音色で入れてたんですが、そのバイオリン弾きの担当者が辞めてしまったばかりで困ってるんです」
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