ずっと聞き耳を

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ずっと聞き耳を

 マネージャーと名乗る男は本当に困っているのだと訴える表情を浮かべ、僕たちの顔をかわるがわる眺める。 「ちょっと待ってください。僕は仕事もあるし、バイオリンなんてたった今、人生で初めて触ったんですよ。そんな人間にそんな大事な仕事を任せられますか?」  僕の言葉にマネージャーと名乗る男は大いに自信ありげにうなずく。 「私だってこの仕事で三十年も食べております。それにこれまで毎朝、ひび入れのためのバイオリン弾きの音色を耳にしておりました。  もちろん、クラシックの演奏で使うバイオリンの音色に関して専門的な耳は持ちませんが、ひび割れザメのひび入れのためのバイオリンの音色の良し悪しくらいは、普通の人よりもずっと聞き分けられるつもりです。  ですから、私はあのバイオリンの演奏体験ブースの前で、昨日今日とずっと聞き耳を立てておりました。これはと思う人がいれば声をかけてみようと期待して。すると、そこにやってきたのがあなた様だったのです」  そこまで言われてしまえば、断る理由は何もない。けっきょく僕は、今の仕事と掛け持ちでひび割れザメのひびを入れるためのバイオリン弾きをすることになった。 「仕事に行く前の三十分でいいんです。うちの店に立ち寄って、バイオリンを弾くだけ。もちろん、バイト代は弾みますから」  マネージャーと名乗る男のそんな言葉が決め手となって。
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