*転職を機に

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「工場のおっちゃんたち、みんな優しい人ばかりだし、宮部工場長も長和さんも優しいから、本社より断然働きやすいからね。工場配属おめでとう!」  クスッと悪戯っぽく笑いかけてくれた渡辺さんの言葉通り、たまにお使いで行く事がある本社の重苦しい雰囲気に比べたら、工場は天国みたいに和気藹々(わきあいあい)として働きやすかった。  それでもバイトみたいな形で勤務していた市役所の会計年度任用職員(臨時雇いの職員)の時と違って、正社員だから、責任のある仕事をバンバン任される。  私たちが主に手がけていたのは、仕上がった製品に添付して客先に提出する「製品検査成績書」の作成だった。  金属メッキ工場だったうちの工場には、スクリューやコンダクターロールなどが常に何種類も客先から預けられていて、それに0.何ミクロンの厚さでメッキを施して出荷する。  検査課の佐藤課長は年配の痩せぎすのおじさんで、口は悪いけれどとても人情味のある人だった。  その人たちが丹精込めて検査したデータを元に、私たちがスクリューの図面などを書いて、成績を打ち込んでから工場長にチェックしていただいて客先への商品に添付して送り出す。  普通図面はCADなどを使うものだと思うけれど、小さな町工場だったからかな。  何故か私たちはExcelで図面を描かされた。  セルの幅を(さい)の目状になるように設定したシートを200倍の大きさに拡大して線画を駆使して細々としたスクリューの外観を描いていく。  普通は使わないようなエクセルでの図面の書き方のノウハウを叩き込んでくれたのは渡辺さんだ。  こう言う時はこれをこうしたらいいよ、と目から鱗のような方法で巧みに様々な形状を〝Excelで〟作り上げていく渡辺さんの技術に、私はいたく感銘を受けた。
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