理想のあなたを蘇生したい

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「葬った人は、きっとあなたのことが大好きだったんでしょうね」 彼岸花が咲き乱れる、半径200メートルほどのちっぽけな離島。なだらかな丘の上に、一つだけ置かれたガラスの棺。中には防腐処理され、眠っているようにしか見えない美しい金髪の女性が横たわっている。口元にはほのかな笑みを浮かべて、背中には天使のような大きな翼が付けられていた。悪趣味のようにも感じるが、せめて死後は大空を羽ばたいてほしいという思いからだったのだろう。 柩の側にある十字架には、「レ・アチーズ」という名前が彫られていて、彼女が由緒正しきアチーズ家の出身だったことが読み取れる。アチーズ家はおよそ200年前に滅びた貴族で、彼女が最後の当主だった。 世界史の教科書に載った写真が初恋だった。 そして、まだ死体があることを知り、何もかも投げ出してパスポートだけでここまで来てしまってから、10年。 「あなたが生きている時代に生きてみたかった」 ざぁ、と風が強く吹いた。そろそろ船を出さないと帰れなくなりそうだなあ。そういえば、メールが来ていたのを忘れてた。メガネ型VRの電源をつけて、タスクを確認する。 時は2421年。仮想と現実が幾度かの衝突を得て、共存する世界線。VRゴーグルやメガネを付けてリアルタイムで世界中へ行ける時代になった。ここは「アチーズ当主の墓島」としてワールドメモリにも登録されていて、ちっぽけな島だけど主に観光業で成り立っている。僕はそこの管理人で、この島の全てを仮想から現実に至るまで全てを管理している。メガネを通して見ると、まだ50人ほど島にいるのが見えた。 「あと20分で閉めるので今のうちに写真撮影などどうぞ。グッズはオンラインストアから24時間いつでも買えます」 何人かが通知を目にして、僕に手を振ってくれた。 ちなみにグッズで1番売れ行きがいいのは、彼岸花と当主の姿がモデリングされた仮想フィギュアである。もちろん僕の自信作だ。 20分後、予告通り墓島の全てのカメラをシャットダウンして、今日の業務が終了。 この墓島はとんでもない僻地にあって、現実でここまで来るひとは年間でも1人いるかいないか。VR内のワールドメモリの中では年間4位の観光客数を誇る。 通知が来た。 「忘れ物……? 復元不可のもの……? あぁ、ライセンスカードを落としたのか」 今開けますね、とメッセージを送る。 「よっすー」 「……どうも。どうぞこちらへ」 えらくチャラい女が来たな。 茶髪、腹出しヘソ出しピアスがホクロよりも多そう、バチバチに決めたメイク、目が覚めるような蛍光グリーンのスニーカー。VRは色んな人がいるから驚かないけど、現実でもし前から歩いてきたら道を変えるぐらいには苦手だ。 「管理人?」 「はい?」 「管理人なの?」 僕のことについて聞いているのか。 「そうですが」 「なんで管理人なんかやってんの。こんなシケた島で」 「……こんなシケた島に観光しに来て忘れ物したのはどなたでしたっけ」 「えへへー。あーし」 なんだこの女。 「この後ワールドの洗浄もするんです。忘れ物見つかりましたか?」 「いや? 砂浜の方かな。ねぇ、いつも毎日毎日船漕いでここまで来てんの?」 「……そうですが」 「見飽きないの、レアチーズちゃんだかショートケーキちゃんだか、あの女」 「あと15秒差し上げます」 女が振り返ると、管理人は管理画面「シャットダウンしますか?」の画面を起動していた。 「え、ちょ、ジョーダンじゃん」 「あの人を侮辱しても即BANしなかったのは僕の優しさです」 「ちょ、待って、そか、ガチ勢か。だよね。物好きしかいな……いや、ごめんブジョクじゃないっす今の。めんご」 「5」 「ねぇ! ごめんマジこれだけ聞かせて!」 「4」 「あのさ! あのさ……あの女……いや、あの人のこと好きなの?」 「3」 「それだけ答えてくれたら秒で帰るから!」 「心の底から好きに決まってるじゃないですか」 管理人は照れもせず、笑いもせず、大真面目に言い切った。 「そか。よかったなぁ」 チャラい女は安心したように笑った。 「…………」 「あれ、BANしないの?」 「もしかして、ご子孫の方ですか」 「あー……うん、実は」 管理人は瞬いた瞬間に古典日本式謝罪体勢・土下座をした。 「大変申し訳ありません。僕は干瓢(かんぴょう)と申します。学生時代にこの当主様に一目惚れしてここまで来ました。200年前に滅びたアチーズ家の方がまだご存命と知らずにこの失態、この管理人職をクビになっても構いません」 「え、何この切り替えの速さ、社会人かよ。こういう時なんて言えばいーの? 表をあげい?」 「ははぁ」 「いや平成時代かよ」 「100年ぐらいVR中をうろうろしてたんだ」 「あ、もう現実の身体を手放された方なんですね」 「そうそう。だからとっくに現実のアチーズ家は滅んでるよ」 「そうでしたか……」 現実で、彼女の断片に逢えるかもしれない、そんな淡い期待は砕かれた。でも、心のどこかで分かっていた。アチーズ家が滅んだ頃はまだVRや永久生命が普及し始めた時期で、没落貴族に陥っていたアチーズ家に、そんな技術に頼る資金はなかった。 だからこそ、現実に美しい棺と島を彼女のために残したのだろうと。 「久しぶりに里帰りしたら墓がランドになってて笑った」 「すみません、あの人の永遠の美しさを残すための管理に、多少のお金が必要でした」 「ま、いーよいーよ全然。バカ長く生きててラッキーだったなぁ。この時代に生まれてたらよかった。いや、この時代に死んでいるから今報われているってやつ?」 「ところであなたは、あの人の何なんですか?」 「……わかんない?」 「ちっとも。もしややっぱり嘘なのでは? と疑い始めたところ」 チャラ女はメイクオフモードにした。バチバチの化粧が消えてスッピンが現れる。なんだ、スッピンも美人だ。 「モデリングには鬼金かけたんだよね、当時の執事が」 女は胸の下に両手を組んで、目を閉じて、口元にはほのかな笑みを浮かべた。 燃えるような夕焼け。潮が満ち始めた墓島。波に揺れる小舟。帰宅時間を伝えるアラートは、僕に聞こえなかった。 「アチーズ家代21代当主、レ・アチーズ」 「ほ」 「ほ?」 「本人!?」 「うん」 「えっ、だって、教科書にはデジタル化の資金がなかったからアナログの中に埋もれて死んだって」 「当時の執事が私を現実から仮想へ逃してくれた」 レ・アチーズの死因は病死と伝えられている。 「デジタルの自分が消えかけるような出来事もたくさんあったけど、自分を隠してここまで生きてきた」 「で、ギャル?」 「え?」 「当時の執事ってことはあのペパーミ・ントさんですよね!? あの厳粛であなたのどんな命令にでも従ったあの!! ペパーミさん!! あの人がやっとのことで逃したのに、ギャル!?」 「は、別にいーじゃん」 「だって! あなた! アチーズ家の」 「うっせぇなぁ! 過去は過去! レは死んだ! どんなあーしでもなれるし、それを邪魔する権利は誰にもない! ペッパーにも瓢箪にも!」 「僕は干瓢だしそれはどうでもいいけど、執事をそんな携帯代理店の店頭にいるコミュ障みたいな呼び方をするな!」 「クソ早口オタクだしあんたが多分失礼になってるよ」 「……わかった」 「あ、それは認めるんだ」 「寝た子を起こそう」 「ん? んん?」 「なんとかしてレ様を蘇生して、それから話そう」 「は!? せっかく私死んでんのに起こすの!?」 「あなたがあなたの人生を送ることを邪魔しようとは思わない。だから僕は僕の人生を送る。この時代、もう技術はある。貯金もある。蘇生させて理想のレ様を手に入れる」 「え、エゴだ!」 「あなたのだってエゴだ」 「やだやだ、絶対起きたらあーしはあーしになるよ! だっててか本人だし! 生き証人! 死んだけど!」 「状況が変われば、どうかな? 方向転換甚だしい過去の自分+冷静沈着な献身的な管理人、ギャルになると思うか?」 「むっっっっかつく後世の一般人なのに!」 「お、お嬢様仕草戻してきた?」 「きっっっっっっっっっも」 というわけで、一つの棺ははてさて天使を生むのか、それとも悪魔を堕とすのか。 一線を画したきもいオタク管理人、干瓢。 現実を葬りVRを煌めく元当主現ギャル、れんちー。 えぐいエゴのぶつかり合いの火蓋は今、切って落とされたのであった。
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