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狂犬戦士は飼主姫と舞踏会へ赴く
今夜の舞踏会は戦場だ。
会場は王宮のダンスホールで、主催者はウェルエスト王国の国王夫妻で、今年十八歳になる王太子の婚約者のお披露目である。
さすがに未来の王太子妃を押しのけてまで王太子に突撃する者はいないであろうが、王太子と同腹の第二王子と第二側妃の息子である第三王子は共に十七歳、そして社交界デビューしたばかりの末の王女は十五歳で、まだ婚約者が決まっていない。
つまり──『王家の姻戚になる』チャンスがあるのだ。
もっとも王位継承権に関して言えば第三王子は最高位につく可能性が低く、将来的に王太子妃や第二王子妃が後継ぎを産むのが義務付けられているのと同じくらい、高位貴族として臣下降籍するのが決定しているため、婿入りを希望する候・公爵家の娘たちが虎視眈々と狙っている。
だからといって第二王子や王女の人気がないわけではなく、何とかその視線とダンスの手を差し伸べられ、差し伸べる隙を狙っているのだ。
「……お前はいいのか?」
「あら?私、そんなにモテないとお思いですの?お義兄様?」
三十cmほどの身長差のある若い男女が真新しい馬車から降りて腕を組むと、ゆったりと進みながらそんな会話を交わしている。
黒みがかった茶髪で無表情の偉丈夫と、透き通るような白に近い金髪を結い上げ、片側だけ緩く巻いたひと房を垂らした小柄な少女。
まだ会場に入れない下位貴族の少年少女たちが両親と共に、年齢も身長差もある二人にそれぞれ好奇心と思慕を含んだ視線を投げかけたが、声をかけようとはしない。
当然だ──二人は臣下となった王家の者が名乗る公爵のすぐ下の位、つい半年前に伯爵から陞爵された『ターランド侯爵家』の馬車から降りたのだから。
「……アレが、王女殿下とご友人の令嬢と、その」
「ねえ……お父様、あの方、怖いわ。顔は整ってらっしゃるのに、笑っていないんですもの」
「いや、できればご縁を……」
「大丈夫かしら?あの御令嬢……」
「ほら……あんなに怯えて……いらっしゃない?」
「やっぱりおかしいのよ……ターランドって……」
「シッ」
クスクス。
クスクス。
陰口に似た囁き声と陰険な笑い声をスルーするエレノア・イェーム・デュ・ターランド嬢の手が、五歳年上の義兄であるアーウェン・ウュルム・デュ・ターランドが逞しい腕をビクリと痙攣させたのを感じた。
「……気になさらないで、お義兄様」
「……わかった。ノア」
ほとんど唇を動かさずに義妹がそう言うと、一瞬強められた眼光を周りに飛ばすことなくアーウェンは軽く視線を下に落とすふりをして、隣で同じ速度で歩く美しいエレノアに向けて弱々しい笑みを浮かべる。
その有様はまるで──
「……まぁ。まるで、女主人と従者のようね?」
「…ふふっ……従者というより」
ええ。まるで犬のようね?
それは狂犬戦士と飼主姫のお話。
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