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私の決意
大人しそうだが、彩音のこととなると見境が無くなる後輩との飲み会後、お酒の匂いを全身に纏いながら帰宅した。
何もお酒をかけなくても。しかも赤ワイン。染みになるじゃないか。
「明日彩音の家に行っていい?」
帰宅して日付が変わる直前に彩音にメッセージ形式のSNSでメールを送った。次の日は休みだったから夜中の三時まで起きていて、彩音から返信が無いか待っていた。既読すらつかないから、寝ているのだろうか。
それとも、手賀さんと一緒に――。ベッドに入り、だらだらしているうちに嫌な考えが駆け巡る。彩音に限ってそんなこと、と言い切りたい。でも、彩音は先週手賀さんを呼び出している。私の身代わりに。
吐きそうだ。酔いの所為ではない。そもそもほとんど飲んでいない。彩音が、私の恋人が、つい数時間前まで目の前にいた女と寝ているかもしれない。目の前がぐにゃぐにゃに歪む。
彩音を責めることは出来ない。元々私がいけないのだから。私が一言好きだと言えばよかった。彩音が私の気持ちを否定するわけがない。
先週からずっと同じことを考えている。今日はもう考えるのを止めよう。
私は目を閉じ、眠りの世界に無理矢理入り込んだ。
目が覚めたら朝の八時だった。休みなのにこんな時間に起きるのは珍しい。彩音のことが気がかりでほとんど眠れなかったのだが。
SNSを確認したが、彩音からの返事はない。既読は付いている。避けられているのだろうか。私は溜息をついた。この期に及んで今まで通り返事が来ることを期待していたのか。私は自分の愚かさ加減に一人で笑いそうになった。
このまま何にもせず待っているだけじゃだめだ。彩音から与えられるだけでいたくない。彩音は手賀さんにも、誰にも渡さない。簡単なことだ。今から彩音の家に行けばいい。もしそこに私の知らない人がいたとしても、私と彩音の関係がどうなろうとも、このままじゃいたくない。
私は家を飛び出した。
九時には彩音の家に着いた。今玄関の前でインターホンを押そうと、震える指でボタンに触れている。
彩音が出てきたとしても、そこに知らない誰かがいたら。ましてやそれが手賀さんだったら。そんなことばかり考えてしまう。来てみたはいいものの、最後の勇気が足りない。
心臓が痛い。
一度深呼吸してから、ボタンを押し込んだ。ピンポーンと軽い音が鳴り響く。しばらく静かだったが、やがて中から人が近づいてくる気配を感じた。
ドアが開くと、そこには五十代位のおばさんと言える年代の女性がいた。腰位まである長い黒髪がどことなく彩音を思い出させる。さらに後ろから同じくらいの年代の女性が顔を覗かせた。髪を紫に染めている。
知らない女がいるかもしれない、と覚悟を決めてきたがこれは想定していなかった。
私は面食らいしばらくその場で固まった。二人の顔を交互に見るだけで、言葉が出てこない。
二人も私を不思議そうに見てから、黒髪の女性が口を開いた。
「失礼ですが、和木那奈美さんですか?」
「えっと、はいそうです」
「私、六車彩音の母です。娘と仲良くして頂いて」
そう言うと黒髪の女性が頭を下げた。
言われてみると、似ているかもしれない。目元とか、雰囲気とか。
後ろの紫に髪を染めたこの女性は誰なのだろうか。私の疑問を察したのか分からないが、自己紹介をした。彩音との関係性に度肝を抜かれた。
「私も六車彩音の母です」
彩音の母と名乗る紫髪の人の提案で近くのファミレスに移動した。彩音は珍しく休日出勤をしていて六時位にならないと帰ってこないらしい。それまで是非お話がしたい、と押し切られ私はファミレスに連れ込まれた。
四人掛けのテーブル席に二人と向き合って座った。何だかこれから面接でもするように思えてしまう。初対面の人と一緒にファミレスに来たことを少しずつ後悔し始めた。そもそもこの人達が彩音の家族かどうかも分からない。警戒心が無さすぎるのではないかと、今さら思えてしまう。
「急にごめんね。でもどうしても、和木さんがどんな人か気になってて」
紫髪の彩音の母親が楽しそうに言った。
「突然ですみません。でも、私も気になってたんです。彩音と友達になってくれる人がどんな人か」
今度は黒髪の彩音の母親が少し申し訳なさそうに言った。
「とは言っても十二時位には行かないといけないんですけど」
少し安心した。彩音が帰ってくるまで初対面二人と間が持てない。
「どこかに行くんですか」
「山梨の方に。旅行のついでに彩音の様子を見に来たんです」
「折角来たのに、彩音ちゃん仕事を優先しちゃうんだから、酷いよねえ。そう思わない?」
黒髪の彩音の母は敬語を使い、紫髪の彩音の母はあまり敬語を使わないことが何となく分かってきた。
私達は適当に料理を注文した。料理が運ばれ、食べている最中もひっきりなしに色々な事を聞かれた。
「彩音とはどうやって友達になったんですか」
「そうそう。あんなに不愛想なのに、よく高校からの友達と今でも交流あるなってずっと思ってた」
彩音が不愛想? 彩音に似つかわしくない言葉で出てきて驚き、紫髪の彩音の母をしばらくのあいだ見つめてしまった。
そもそも彩音のことを何も知らなかった。彩音の恋人だというのに、彩音のことに何の関心も示さなかった。母親が二人いることも初めて知った。
「彩音は不愛想じゃないですよ。それどころか、彩音が積極的に私と仲良くしてくれたんです」
今度は二人が驚き、顔を見合わせた。
「そうなんですか。ちょっと信じられませんが」
「彩音ちゃん、家と外だと違うんだねえ」
黒髪の彩音の母は、彩音と呼び、紫髪の彩音の母は、彩音ちゃんと呼ぶことに気が付いた。
「あの、二人とも彩音の母親なのですか。恥ずかしながら、彩音の家庭について何も知らなくて」
「そうだったんですね。さぞ驚いたでしょう。私は六車昭穂です。彩音と血がつながっています」
黒髪の彩音の母が昭穂と名乗った。
「私も彩音ちゃんの母親。倉岡舞。血はながってないけどね」
それから二人が家族となった経緯を教えてくれた。昭穂は男運が無く、悉く手痛い目にあっていた。妊娠したが男に逃げられ、絶望しているところに、幼馴染で昭穂のことが好きだった舞が救ってくれたという。
「世間一般からはかけ離れた家庭ですけど、それなりにやってきました」
「彩音ちゃんが子供の頃は色々言われたみたいだけどね。ほら、子供って時に残酷じゃん?」
「その所為か、少しずつ私達との距離が空くようになっちゃいまして」
「彩音ちゃんも小さい頃は明るかったんだけど、小学生位になると家でほとんど話さなくなっちゃって」
二人が交互に彩音のことを話す。私の全く知らない彩音が少しずつ見えてきた。
「私といる時の彩音は明るいし、よく喋りますよ。全然想像出来ないです」
「明るい彩音の方が想像出来ませんよ」
そう言って昭穂が軽く笑った。
「でも、高校入ってからは少し明るくなった気がします。高校生活のことを聞いたんです。教えてくれないだろうなって思ったんですけど」
「そしたら、いい友達が出来たって言ってた」
それは私だろうか。軽く話すくらいの人はいただろうが、彩音と仲の良かった人は多分私以外にいない。私のいないところでそんな風に思われてたのは嬉しい。
「安心しました。新しい環境で、周囲に馴染めずともいい友人がいることに」
「あの時の彩音ちゃんは本当に嬉しそうだった。本人は隠してるつもりだろうけど、伝わってきた」
「昨日それとなく聞いてみたんです。高校の時の友達とはまだ交流があるのかって」
「そしたら、彩音ちゃんにやにやしながら、続いてるって教えてくれた。写真も見せてくれたよ」
それで私の顔と名前が一致していたのか。
「そういえば、今日はどうして、彩音の家に」
「気になってたんだよね。彩音ちゃんの今日の予定も知らないみたいだったし」
「ちょっと、喧嘩といいますか、ぎくしゃくしちゃってですね。それで謝りに」
二人が驚いたような様子を見せた。
「そんな感じには見えませんでしたけどねえ」
「和木さんの話をする時だけは楽しそうだったのに」
彩音はもう私達の間にあったことを忘れてしまったのだろうか。いや、それはあり得ない。きっと心の中ではもやもやしたものを抱えながら必死に取り繕っていたはずだ。
「きっとあの娘がいけないのでしょう」
「ちょっと付き合いづらいかもしれないけど、これからもどうかよろしくお願いします」
二人は揃って軽く頭を下げた。
私はその様子に戸惑うばかりだった。
十二時過ぎに彩音の両親と別れ、私は五時までファミレスに居座った。
その後、私は彩音の家の玄関の前で彩音が帰ってくるのを待つことにした。同じアパートの住人に変な目で見られやしないか心配したが、そんなことを気にしている場合じゃない。
六時になっても帰ってこない。今日は帰ってこないのだろうか。だとしたらどこへ。手賀さんのとこだろうか、と嫌な考えばかりが渦巻く。
悶々としているところで、携帯電話が震えた。私は慌ててポケットから取り出すと着信は母からだった。
深呼吸してから電話に出る。
「……もしもし」
「那奈美、いい話があるんだけど」
こちらの都合も気にせず話し出す母に思わず苦笑いしてしまう。それに開口一番、嫌な予感のする話をしてくる。
「いい話って」
「いい人がいるから、紹介するって話。孫の顔が見たいんだよ。どうせ、家と会社の往復で――」
電話口で母が一歩的に喋りたいことを喋る様子を、私は聞き流していた。
両親が紹介するという「いい人」に興味なんかない。その人と結婚することで安定した将来というものが手に入るのだとしても興味はない。
そこに彩音と交流が続いていたとしても、友人ではいたくない。
「私には好きな人がいる」
私は未だに喋り続ける母を遮った。
「私はその人と一緒にいたい。その人と生きていく」
電話口で色々言っているが無視し、私は通話を切り、電源を落とした。これで当分電話がかけてきても無駄だ。
「那奈美?」
電話を切った瞬間に後ろから声を掛けられ、飛び上がりそうになった。振り向くと彩音がいた。
「お、おかえり」
「ただいま」
彩音は少し目を逸らし、さっさと家に入ってしまった。私は入っていいのか分からず立ち尽くしてしまった。鍵をかけた気配がないので、入ってくることを期待しているのだろうか。
すぐにドアが開き、彩音が顔を覗かせた。
「入らないの?」
入ってよかったのか。私はお邪魔します、と小さく言って彩音の後に続いた。彩音は私の目の前でラフな部屋着に着替え始めた。彩音の白い肌が、細長い足が、豊かな胸が顕わになる。
着替え終わった彩音とテーブルを挟んで座り、向き合った。
「急にどうしたの」
「急じゃないよ。メール送った。見たでしょ」
「そうだったね。ごめん、今日仕事で」
しばらく沈黙が訪れた。私も彩音も何か言いたそうなのだが、どう切り出したものか分からず、お互いの出方を探っていた。私から話さないといけない。急に押しかけてきたのだし、彩音に伝えたいことがある。
「好きな人がいるの?」
私が口を開こうとした瞬間、彩音が言った。電話の内容を聞かれていたのか。
「……いる。その人とずっと一緒にいたいと思ってる。その人と人生を歩んでいきたい」
「それは誰」
私は彩音の目を見つめた。彩音も顔を逸らさず視線を受け止める。
「彩音。彩音が好き」
私はテーブルの上に置かれた彩音の手を握り、一言一言噛み締めながら言った。
彩音も握り返してきた。少し嬉しそうな表情を見せたがすぐに寂しそうな表情を浮かべ、俯いてしまった。
「それは、私が那奈美から好きだって言われことがない、て言ったのを気にして? それとも、本当に好きなの?」
「好きだよ!」
私は思わず大声を出してしまった。彩音が不安に思うのも無理はない。でもそれは私が取り除いていく。どんなことをしてでも、彩音に私の気持ちを伝えたい。
「自分の考えや想いを口に出すことが苦手だった。口に出さなくても彩音には伝わってると思ってた。彩音に甘えてた。ごめん」
「不安だったよ。私だけが那奈美を好きで、那奈美は私に合わせてくれてるだけじゃないかって」
彩音の目に少し涙が浮かんでいた。私は身を乗り出し、指でそれを拭ってから軽くキスをした。
「好きだよ。ずっと好き。私はこれからもずっと彩音と一緒にいたい。彩音を誰にも渡したくない」
彩音の目から大粒の涙が流れ落ちていく。私は慌てて拭うが間に合わない。
「嬉しい。ずっとその言葉が欲しかった」
今度は彩音がキスをした。彩音の涙が私の頬に伝わってくる。
「でもまだ不安なの。半年以上好きだって言われたことないのに、急に言われても」
また彩音がキスをしてきた。今度は舌が差し込まれた。熱く柔らかい物が私の口の中を犯す。頬の内側、歯茎、前歯の裏まで、彩音にまみれていく。私の中で一気に気分が高揚していく。体が熱い。全身で彩音を感じたい。
彩音が頬を紅潮させ、唇を少し離した。
「だからずっと好きでいて貰えるように頑張る」
「頑張らなくていいよ。彩音が好きなことは変わらないから。頑張るのは私」
私はそう言って舌を入れながらキスをした。彩音のように口内を蹂躙したいが、彩音の舌が絡みつき上手く動かせない。すぐに主導権を奪われ、彩音の舌で私はすっかり蕩けそうになった。
私達は唇を離すことなく、ベッドに移動し、お互いの服を脱がせた。彩音が電気を消し、暗闇に包まれる。 初めて彩音とセックスした時を思い出していた。あの時もこんなに心臓が高鳴っていた。いや今日はそれ以上だ。お互いに愛を言葉で、体で表現する。
いつもなら彩音が私を押し倒すが、今日は私が押し倒した。私は下腹部のあたりに跨った。
好きだよ、と耳元で囁きキスをする。舌と舌が絡む。私の舌が彩音に弄ばれる。気持ちよさで頭が真っ白になるのを懸命に堪える。左手で彩音の手を指と指を絡めながら握り、右手で彩音の胸を優しく揉んでいく。乳首に触れた瞬間、彩音の体が震え、舌の動きが止まった。私はすかさず舌を彩音の口に滑り込ませ、這わせる。その間も胸を揉みしだき、思い出したように乳首を刺激する。
彩音が苦しそうに唇を離した。お互いの荒い息遣いだけがこだましている。彩音と添い寝するように態勢を移動させ、右手中指を彩音の秘部にあてがった。蜜が指を濡らし、少し動かすだけで音が響く。
「彩音、いい?」
彩音は静かに頷いた。
暗闇で彩音の表情は伺えない。それでも伝わってくる。彩音が恥じらい、期待し、私を求めていることが。
指を少しずつ動かしていく。彩音がしてくれるように、優しく、時に激しく、緩急をつけ刺激していく。彩音がどこで感じるのか、ゆっくり探っていく。
枕を掴んでいた彩音の左手が私の後頭部に回され、彩音の胸に顔を押し付けられた。柔らかな胸に溺れそうになりながらも秘部を刺激し、キスマークを付けていく。
彩音が何度も私の名前を呼ぶ。
私はより深く突き刺して行く。ゆっくり時間をかけながら彩音に奉仕をする。
彩音の呼吸がどんどん荒くなっていく。両足がもどかしそうに動き、シーツが擦れる音が響く。
私の耳元で聞こえるか聞こえないかくらいの声で彩音が、もうだめ、と囁いた気がした。指をより大きく動かし、私は抑えつけられている頭をどうにか彩音の耳元に近付けた。
「彩音、好きだよ」
彩音が大きく息を吸い、握りあっている手に痛いほどの力が入った。すぐに力が抜け、動きが止まり、彩音の荒い喘ぎ声だけが残った。
私は彩音に口づけした。
私はこれからも彩音を愛し続ける。
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