プロローグ 秘密の場所

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僕には昔から変な癖がある。 家の自室で本を読んでいた時のこと。 「上条は声を荒げながらこう言い放った。貴様ら纏めて殺してやる! そして俺が最強となるのだ! その声は、世界を大きく揺らし、人類を震え上がるのには十分すぎた。しかし、彼らには目の前の大きな敵に屈しない覚悟が――」 物語に浸り、僕は無意識の中で、声に出して物語を読んでいた。 「亜樹! 静かにしなさい!」 扉を勢いよく開けて入ってくる母の怒鳴り声で、夢中に読んでいた本の世界から現実に引き戻される。 「うわぁ!」 その時の驚きで、びっくりした僕は驚きで本を落としてしまった。 「お、おどかさないでよ……」 本を拾いながら、集中を乱された母に不満を言う。 「なんであんたは本を読むときはそんなにうるさいの? 本を読んでる時だけは生き生きしてるんだから……」 不満を言う僕に対し、母は自分の方が迷惑と言わんばかりの様子だった。 「そんな事言われても……。僕にとってはこれが普通なんだから」 僕は集中をきらされた事にむすっとしながら答える。それに対し母も文句を言ってくる。 「声出さずに読めないの?」 「読めてたらそうするよ……」 そう答える僕に、呆れたように溜息を着く母。 「普段からそれだけ明るい子だったら良かったんだけどねぇ……」 そういって、母は扉を閉めて去って行く。 「う、うるさいなぁ……」 立ち去る母に聞こえもしない文句を返す。 親にすらも言われる僕のこの癖。本を読んでいるといつの間にか内容を口に出して読み上げていることだ。 僕は本を読むのが大好きで、基本的に一人でいる時は本を読んでいる事が多い。 僕自身は物語に夢中になってるので気にはならない。けれど、外的要因などで集中が途切れると我に返る。 僕は大声で本を読んでいた時の事を覚えている。それが人前だった時は自分の無自覚の行動に恥ずかしさが込み上げてくる。 いつからこんなふうになったかわからないけれど、気が付けばその癖は現れていた。本を読んでいる僕は、物語の世界に没頭している。 僕が意識することなく起きる症状なので、おそらく治らないものだと思っている。 そんな変な癖を恥ずかしいと思うようになったのは中学生時だ。暇だった時に教室で本を読んでいたら、僕はいつもどおり本に夢中になり、声に出して本を読んでいた。 休み時間ではあったけれど、現実に戻ってきた瞬間、クラスの皆が冷たい目で僕の方を見ていた。 それが恥ずかしくて、僕は顔を真っ赤にして本を仕舞い、純粋な僕は逃げ出しもせず誤魔化しもせず、ただただ小さくなり、恥ずかしさをこらえるしかなかった。 そんな冷たい視線を受けてから、僕は人前で本を読む事を恥ずかしいと思うようになった。 家では気にしないけど、流石に親に言われてしまうと集中力が切れるのでどうも読みづらい。図書館なんて論外だ。静かにしなきゃいけない所で、声を出して本なんか読んだら追い出されてしまう。 高校2年生になった今、僕が自由に本を読める場所は限られている。 家は親が怒るから駄目。自分の教室は変な目で見られるから駄目。図書室なんて論外だ。じゃあどこで読めばいいんだろう。 唯一、今までは川辺で読んでいたが、時折知らない人が通ったり、風に吹かれたり、正直集中出来ない。ゆっくりと、誰も来ない屋内で読書がしたいと。 そう考えた僕は、2年生に上がった時ぐらいに改めて学校を探検した。校舎内、グラウンド、校舎裏、校内をグルグル探してみると、それは以外な場所にあった。 去年まで使われていたが、だいぶ古くなっているということで今年から使われなくなった古い旧校舎があったのを思い出す。 旧校舎で授業をしていたすべてのクラスや授業などは新校舎へと移された。 その校舎はすぐに取り壊されることなく、しばらくは学校に残るらしい。詳しい理由は知らない。 各校舎の入口には鍵が掛かってるし、容易に入ることは出来ない。 僕は適当に旧校舎の周りも見回っていた時、中に入れる抜け穴を見つけた。 それは人が一人通れるぐらいの床下の通気窓だった。足元についてる通気窓は鍵が壊れているのか締まらず、簡単に開けることが出来た。 割と狭い窓で、細くないと入るのは難しそう。 少しドキドキしながら、僕は細い窓をなんとか抜け中に入る。中は机やら椅子やらが沢山置いてあり、物置状態になっていた。 昔ながらの木の机や椅子があり、一新された今の環境を知ると、戻りたくはない程使い古された学校の備品達。 1年間だが、使っていた事に少しの懐かしさを感じながら、僕は教室から廊下へ抜け階段を上がって行く。 外の景色は夕暮れ。なんとなく、僕は夕陽がみえるかなぁと思い立ち、4階へと階段を上がる。 僕はいけない事をしているドキドキと、ここなら誰も来ないのではないだろうかというワクワクで希望に満ちていた。 4階に行くと、教室には鍵が掛かっていて入れないようになっていた。 いっそ廊下でもいいから此処を拠点としようか、なんて考えながら1つ1つ扉をガタガタと試しに開けてみる。基本どのドアも鍵が掛かって開かない。 しかし、一つのドアがガラガラと抵抗される事なく綺麗に開いた。 中に入ると、教室内は広い窓から入る夕日に照らされ、夕焼けに染まっていた。 教室後方には、乱雑に机が積んで寄せられ、半分程は広々とした空間になっていた。 僕はそのまま中に入り、窓の方へと近づき外の景色を見る。窓からは沈む夕日が綺麗に見えた。その夕日が特別綺麗かと言うとそうではない。夕日を売りにしている観光地で見る物には劣るだろう。 しかし、誰もいない自分だけの場所。ドキドキした気持ちと、夕暮れの校庭が相まって、僕 僕はこの景色を見て、迷うことなく思った。 「ここなら、邪魔されずに読めそうだ」
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