6 一時の幸せ

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それからは、お義父さんの計らいで、話がどんどんと進んでいく。 僕は一度家に帰り、両親に急遽彼女がいることを伝え、その子と両親が明日挨拶に来ると伝える。 最初は常識がないとか、色々文句を言っていたが、僕は両親に1つ1つ説明をする。 すると、唐突に来る理由は理解してくれた。でも…… 「あんた、本気で言ってんの?」 と、母は何とも言えない顔で僕に聞いてくる。 「本気だよ。……寂しいの?」 「そっちはどうでもいいわ。……そりゃ寂しいけど。そうじゃなくて、分かってるの? あまり言いたくはないけど……相当辛いことになるわよ? 死別するのが決まってるのよ?」 「……分かってるよ。それも覚悟してる。好きになったんだからしょうがないよ。時間が短いなら少しでも一緒にいたと思うでしょ?」 「……あんた急に成長したわね」 「そう?」 言われるまでそんな実感はなく、考えてみれば、数か月前までの、人目をさけ、一人で寂しく旧校舎で本を読んでいた自分が小さく見えた。 「……亜樹」 父さんが小さく僕の名前を呼ぶ。 「何?」 「不幸になるんじゃないぞ。お前の思う幸せを掴め」 口数の少ない父の、僕に対する初めての贈る言葉だった。 「……うん」 短い言葉だが、僕には父のその言葉が心強くて嬉しかった。 そして翌日。正装をして、白々家の皆が家を尋ねに来てくれる。 東條家も正装し、僕はドキドキしながら話し合いが始まる。 この話し合いは、僕が中心だが、子供の僕にそのやり取りに入る隙はあまりなく、僕はほとんど聞くだけで、自分の無力さに劣等感を感じた。 僕達が高校生であること。責任の所在、経済力のない僕をどうするのか。日々の生活をどうするのか。その生活費はどうするのか。 襲い来る現実感に、僕は自分たちの夢物語に突き合わせているような気持ちに襲われ、急激な不安に襲られる。ふいに、僕は莉愛さんの顔を見る。 僕は、相当不安な顔をしていたのだろうか。莉愛さんは励ます様に、優しく微笑みかけてくれた。 ……そうだ。これは僕だけの話じゃない。夢物語で考えていた事を、現実にしなければ。その為に動いてくれる大人達を、裏切ってはいけない。 いろんな話し合いの結果、僕にいくつかの条件が出た。 僕は変わらずに学校に通う事。学業に影響がでない範囲で節度ある生活をすること。その他細かいルールが課せられた。僕はそのすべてを肯定し、迷いを見せることはなく、難しい話し合いが終わる。 すると、莉愛さんが、唐突に緊張した様子で立ち上がる。 「あ、あの……お義父さん、お義母さん! こ、この度は……私達の我儘を受け入れてくれて……ありがとうございます!」 硬い動きで頭を下げる。僕も、それに合わせて立ち上がって頭を下げる。 「えと……私が言える立場じゃないかもですけど……亜樹くんと……し、幸せになります!」 そういって嬉しそうに笑う莉愛さんに、僕の両親は顔を見合わせると、 「ええ。亜樹をよろしくね。莉愛ちゃん」 「馬鹿な息子だが、よろしくおねがいする」 と、優しく笑顔でそう言ってくれた。 「はい!」 堅苦しい話は終わり、両親を交えて、莉愛さんの持ち前の明るさのお陰で雰囲気は和やかになり、僕や莉愛さんの昔話をしたり、優しい時間が過ぎていった。 3日後、色々な準備を早急に進め、早々に僕は莉愛さんの家に行くことになった。 目まぐるしく動く日々に精神的に疲れがきているが、莉愛さんのためであり、自分のためだと考えると辛くはなかった。 夕方頃、自宅での最後の時間を過ごすと、僕は手荷物を持ち、家の前で迎えに来てくれた莉愛さんのお義母さんの車に乗ろうとしていた。 「それじゃ、行ってきます」 見送り出てきた母さんと父さんに別れを告げる。 「行ってらっしゃい。……帰ってこないのを祈ってるけれど、いつでも帰っておいで。一緒に遊びに来てもいいのよ」 母は寂しいのだろうか。少しだけ、声が震えていたけれど、それを見せたりはしなかった。 「じゃあな。元気でやれよ」 「うん。二人も元気で」 珍しい父さんの寂しげな表情に、僕も少し寂しさを感じた。 なんとも思っていなかった当たり前の家。莉愛さんの家はそれほど遠いわけじゃないけど、毎日ここに帰ってこない事を考えると、急に寂しくなるもんなんだな。 「……では莉愛さんのお義母さん……これからよろしくお願いします」 僕は車のほうを振り返り、運転席のドアのまえで立っているお義母さんに改めて頭を下げる。 「よろしくね亜樹くん」 笑って迎えてくれる。そして、僕の後ろにいる母さんと父さんに続けて言う。 「それじゃ、息子さん預かりますね」 「ええ。よろしくお願いね~。また今度、お茶でも行きましょう」 母同士は気が付けば仲良さそうに、一大事な雰囲気を見せることなく気軽なやり取りをしてくれる。それが、僕にとっても緊張しなくてすみ、とっても助かっていた。 車に乗り込み、手を振って、僕は自分の家に、ひと時の別れを惜しんだ。 車の後ろ窓を振り返り、見えなくなるまで手を振って来る母さんに、僕は少し涙が出そうになった。 「ごめんね~色々準備してて私だけで迎えに来ちゃって」 車で移動中、お義母さんが気さくに話しかけてくれる。 「いえいえ。すみません、色々とお手間をおかけしてしまって」 「そんなの気にしなくていいのよ。堅苦しい話し合いは終わったんだもの。これから楽しく新しい家族として楽しみましょ」 歓迎してくれる言葉に、僕の心の緊張は軽くなる。優しくしてくれて、助けられて。こんな子供の我儘に付き合ってくれて。感謝しかない。 「ありがとうございます。……正直、こんなにちゃんとしてくれるなんて、思っていませんでした」 「私達、莉愛のために何年もこうやって色々してたのよ? もう慣れっこよ。あ、聞いた? 去年か一昨年なんて、お義父さん、1年も仕事休んで、莉愛の思い出作りに時間使ったのよ?」 「あ、聞きました。それって大丈夫だったんですか?」 「色々とね。将来の莉愛の為にお金貯めてたからそれ使ったり……時々旅先で仕事してたけど、基本的に莉愛に付き合ってくれてたわ」 「凄いお義父さんですね」 仕事の事もしっかりし、家族の事も考える。それは僕の父さんもそうかもしれないが、父親の偉大さについて、僕は改めて感謝を感じた。 僕もそんな風になれるのだろうか。そう思う事しか、いまの僕には出来なかった。 今僕が考えられるのは、莉愛さんを幸せにすることだけだ。それ以上の事は、まだ出来そうにない。……正直、それすらも、具体的な計画なんてなくて、不安も沢山あった。 お義母さんとの会話もそこそこに、白々家に到着する。家は一軒家で、割と新しくて綺麗な家だった。僕もこんな家を持てるのだろうかと、さっきからそんな事ばかり考えていた。 「私、買い物した荷物あるから先に入っててちょうだい。鍵空いてるから」 そういって後ろのトランクを空けながら僕にそう告げる。 「あ、はい。お手伝いしましょうか?」 「亜樹くんも荷物一杯でしょ。大丈夫よ」 確かに。持とうと思えば持てなくもないが、両手いっぱいの荷物に、好意に甘えることに。 ここが、僕が住まわせてもらう家。ドキドキしながら、意を決して僕は家の玄関を開ける。 すると、僕の耳に、クラッカーの破裂音が鳴り響いた。それと同時に、 「ようこそ、白々家へ~!」 「これからよろしく! 亜樹君!」 と、莉愛さんとお義父さんの楽しそうな歓迎する声が聞こえた。 「…………」 まさかのサプライズな出迎えに、僕の頭は真っ白になる。 そして、遅れて背後からも、パンッ! っとクラッカーの音が聞こえた。 「あらあら、遅れちゃったわ」 振り返ると、お義母さんもクラッカーを鳴らしていた。 緊張で一杯だった僕は、この雰囲気についてけず、固まっていた。 「……よ、よろしくお願いします」 僕は驚いた顔で小さくそう応えることしかできなかった。 「パパ、亜樹くんあんまり喜んでないよ……?」 「もしかして、サプライズ苦手なタイプだったか……?」 と、反応の悪い僕を見て、ひそひそと二人は話し合う。 僕はハッとし、慌てて訂正する。 「す、すみません! あまりにも急で驚いてしまって……あ、あはは……凄い嬉しいです」 「ご、ごめんね。そんな無理に喜ばなくてもいいよ」 「いえ。嬉しいのは本当です! ただちょっと、人生で一番ってぐらい緊張していたので……暖かい出迎えに、驚きすぎて絶句しちゃいました」 僕は、なんだか嬉しくて。こんな雰囲気の出迎えに、ほっとしたのか、目が潤んでいた。 「ホントに? ならよかった! これからよろしくね! 亜樹くん!」 「はい! よろしくお願いします!」 先ほどの緊張感はなくなり、僕は初めて、お義父さんとお義母さんの前で、笑ってそう言えた。 「まずは荷物置かなくちゃね。まずはお部屋にごあんな~い!」 玄関から上がり、用意してくれたスリッパに履き替えると、莉愛さんは意気揚々と先導して僕を案内してるみたいだ。 「じゃあ、案内は莉愛に任せて、俺達はリビングにいるから。案内が済んだら一度リビングにきてくれ」 「はい。わかりました」 「リビングは最後に案内するよ!」 そうして、莉愛さんに連れられ、僕は用意してくれた僕の部屋に行く。 2階には上がらず、階段の脇を通り抜け、奥の部屋へと連れて行ってもらう。 その部屋は結構な大きさの和室だった。今時の建物に家に和室があることに僕は意外性を感じながら、部屋の広さに驚いていた。 部屋は片付いていて、中央にはモダンな座敷机に座椅子が二つ並んでおり、部屋の片隅には勉強机があった。 「……ここ使っていいの?」 思たよりも大きい部屋に、僕は思わず確認する。 「うん。ここが……私と亜樹くんの部屋だよ」 「そっか……僕と莉愛さんの…………え?」 僕は一瞬聞き間違えたのかと思った。今、僕と莉愛さんの部屋と言っただろうか。 「私と亜樹くんの部屋だよ。元々客間だったけど、お義父さんがここ使っていいって部屋を整理してくれたの」 「……い、一緒の部屋なんですか!? て、てっきり別々かと……」 同じ部屋だとは想定していなかったので、僕はいろんなことを考えてドキドキしてくる。 「嫌だった……?」 「いやなわけないですよ……ただ、びっくりしちゃって……」 「……時間のない私達に、パパとママが最大限配慮してくれたの」 「……感謝しなくちゃ……ですね」 普通なら一歩一歩。しかし、その時間は僕らにはない。それは、彼女を好きな人なら皆分かっていること。 普通なら、出会って間もない見ず知らずの男性の為にこんなことはしない。でもそれを受け入れ、ここまでしてくれた事に、僕は最大限の感謝の気持ちを抱いた。 僕は荷物を部屋に置いて、引き続き莉愛さんに案内される。風呂場、衣裳部屋、トイレ、2階はお義父さんとお義母さんの部屋。それぞれの使い方や、入っちゃいけない所などを聞き、最後にリビングにいく。 リビングの食卓には、既にいろんな料理が並び、晩御飯の準備が進められていて、僕の歓迎会が始まった。 お義母さん手作りの数々の料理。最初は緊張で味なんて分からないと思ったが、皆が優しく話を聞いてくれて、僕はほとんど緊張することなく、晩御飯を美味しく頂いた。 自宅にいる皆の姿を見て、印象が変わる。 おっとりしていそうなお義母さんは、家の事はしっかりとこなしていて、堅苦しいと思っていたお義父さんは、家の中だと明るくて面白いことばかり言って、莉愛さんも、普段よりも柔らかくて。明るい雰囲気の家庭に、僕は早くも緊張は和らぎ始めていた。
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