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歓迎会というなの夕食が終わり、片付けを手伝おうとすると、お義母さんに止められる。
「そういうのは私がやるから。亜樹くんは莉愛と一緒にいてあげて」
「あ、ありがとうございます」
「亜樹くん……じゃあ、部屋にいこ?」
と、少し照れたように、莉愛さんはそう言ってきた。
「う、うん……」
僕も照れて答えると、僕と莉愛さんの部屋に行く。
それはつまるところ、久々の二人きりの時間であり、なんだか僕は緊張していた。
部屋に入り、横並びに置かれている座敷に座る。
「お義母さんのごはん美味しいですね」
「でしょ!? ママ、昔飲食店で働いてたから」
「そうなんですか。通りで……」
「……う、うんそうなの……あはは」
僕達は、なんだか照れくさくって、会話が上手く続かない。
旧校舎で二人きりの時は何も気にせず喋っていたのに、何故だか今は、言葉が頭に出てこない。
「な、なんだか不思議ですね。僕が莉愛さんの家にいるなんて……」
僕はいっそ、この気まずさを素直に話のネタにした。
「ね。ついこの間まで、ずっと会わないようにしてたのに、急に一緒に住むなんて……考えられないよね」
「言い出したのは僕なんですけど……実際にこうなると、思ったよりも気持ちが着いていかなくて……たまに混乱します。あはは……」
僕はどうも気まずい雰囲気についつい笑って誤魔化して、リビングから持ってきたお茶に口を着ける。
「……亜樹くん」
そんな風に焦っていると、小さく莉愛さんは僕の名前を呼ぶと、僕の肩に寄りかかってきた。思わず心臓がドキッと高鳴る。
「ありがとね……。本当に……心から感謝してる。こんな私を受けいれてくれて」
噛み締める様に莉愛さんはそういってくれる。
「僕こそですよ。……こんな僕を好きになってくれてありがとう」
「……うん。本当に……こんなことまでしてくれて、ホントに幸せ」
「してくれたのは莉愛さんの両親と僕の両親ですよ。僕は何も……」
「違うよ。色々動いてくれたのはそうかもしれないけど……亜樹くんが皆を動かしてくれたから実現したんだよ。だから、本当に嬉しいの」
僕が言い出さなければ、僕が言わなければこんな面倒な事には、そんなことばかり考えていた。でも、思い返してみれば、皆大変な思いはしたかもしれないけど、皆笑って、嬉しそうに、僕の事を支えてくれていることに改めて気が付く。
僕はそれに申し訳なさを抱いては行けないとようやく気が付いた。
肩に莉愛さんの存在を感じながら、僕はお礼を言った。
「そういっていただけると心が軽くなります」
明るく捉えてくれる莉愛さんに、僕は何度も助けてくれている。
「……愛してるよ。亜樹くん」
「僕も愛してます。莉愛さん」
返す様にそういうと、莉愛さんがは、唯一残った不満を口にする。
「……ねぇ、亜樹くんはいつまで敬語なの?」
「え? あ、ああ……」
そういえば、今までずっと敬語だったから、違和感なく喋っていたことに今更気が付いた。
「もう夫婦も同然なんだから、もっと親しく喋って欲しいな」
「そ、そうだね。えっと……莉愛……さん」
「……亜樹くん?」
ジト目で見られる。わ、分かってる。ちゃんと呼ぶ、うん。少し照れただけ。
「……莉愛? 莉愛ちゃん?」
そうは思っても、なんだか呼び捨てがしっくりこなくて、僕は疑問形で呼びかけた。
「莉愛でいいよ。そっちの方が、長年連れ添った夫婦っぽくて」
「じゃあ……莉愛」
「は~い、亜樹くん。えへへ……」
名前を呼ぶのはとってもこそばゆくて、僕は少し照れくさかったけど、それはどうやら名前を呼ばれる莉愛も同じだったようで、照れた様に笑っていた。
なんてことない一時の時間。ただただ、些細な事を喋りながら、好きな人と身を寄せ合う。
それだけで、僕は今までの人生の中で、一番の幸福感を感じていた。
……僕は自分が思春期の男子であるというのを少し忘れていたのかもしれない。
僕と莉愛は同じ部屋で、隣同士に布団を並べて眠る。そんなの、部屋の案内をされた時に気が付いていたことで。僕達は床に就くと、あらぬ期待や想像をして、ドキドキして眠れなかった。
いや、一緒に住んで、夫婦として扱われるのであれば、大人な事をしても良いはずだ。いや、でも高校生だから駄目なのか? どっちだ。どうしていいのか分からない。いや、両親もいるのにそんなことする勇気は僕にはない。
そうだ……流石に焦らなくていい。初日でそんなことしたら、逸れこそ僕はただしたいだけの男にしか見えない。
落ち着け。ただでさえ慣れない環境に疲れたんだ。気にしなければ寝れるだろう。
目を閉じ、意地でも寝ようと考えていた時。
「……亜樹くん起きてる?」
と、小声で莉愛が僕を呼んだ。僕はドキッとしながら莉愛の方を見ると、布団から頭だけだして、莉愛が僕のほうを見ていた。僕は冷静に答える。
「起きてるよ。どうかした?」
「……緊張して寝れないね」
と、笑って莉愛が言った。僕と同じ気持ちだったと知るとなんだか安心する。
「ね。僕も緊張して寝れないよ」
「皆最初はこんなにドキドキするのかなぁ……」
「きっとそうだよ。物語でも、こういう展開はよく見るからね」
「……そうだよね。これって、普通だよね」
「うん……普通だよ……きっと」
自分にも言い聞かせる様にそういうと、
「……こういうのって、聞くものじゃないと思うけど、聞いていい?」
と、莉愛はそう前振りをする。
「うん?」
何を言うのかと僕は相槌を返す。
「……エッチ、したかった?」
口元を布団に潜らせ、恥じらいながら莉愛ははっきりとそう言った。
「…………」
僕は黙って、身動きが取れなかった。彼女から出る性に関する言葉に、僕は頭がくらくらしてきて、心臓の鼓動だけが早くなる。
生まれてきて一番の緊張感が走る。
僕は彼女の言葉にどう答えたらいいのか考える。
聞かれたのなら、それは素直に応えればいいのか。紳士ぶって、初日からそんな~とか言えばいいのか。……そもそもその問いは、OKということなのか!?
いや、やっぱり僕は素直な人間で、嘘を着くのも苦手だし手を出す度胸はまったくない。
「……したいよ。だって……愛を誓った人と一緒に寝てるだよ? 理性と疲れが無かったら襲っちゃいそう」
と、冗談交じりに本音を吐露する。
「……そ、それは困ります」
と、冷静に遮られ、僕は心で頭を打たれたように衝撃を受ける。
そりゃそうだ、冗談で言ったつもりだが、節操ないことをしたら僕はただ彼女を傷付けるだけで―――
「あ、ち、違うよ? 亜樹くんとしたくないんじゃなくて……というか、亜樹くんとしたいんだけど……」
僕がショックを受けたのに気が付いたのか、そう訂正してきた。
「え?」
「パパとママもいるし……まだ少し時間が欲しくて……」
と、理由を話す莉愛に、ぼくは当然だと思い慌ててフォローする。
「も、もちろん! もちろんそうですよ! 僕だって、来ていきなりそんなこと……しないですよ……は、ははは……」
慌てて僕は自分が思っていたことでなくて一安心し、そう彼女に合わせた。
……誠実な気持ちでいて良かった。と、心の底から安心した。
「ごめんなさい」
誤魔化す僕に、彼女は心底申し訳なさそうに謝る。
「……大丈夫。大切な事だから。これは時間がないからって、焦ったりしませんよ」
僕は慰める様にそう言うと、落ち込む莉愛の頭を自然と撫でた。
「……ありがと。……えへへ頭撫でられるの好きぃ」
莉愛さんは幸せそうに甘えた声でいった。
「じゃあ、莉愛さんが寝るまで撫でて上げます」
「ほんと? じゃあなでなでしてて~」
嬉しそうに、莉愛は少し僕のほうに寄ってくる。僕が頭を撫でやすい位置に移動する。
僕たちは、自然と眠りに着くまで、ずっとそうやってじゃれ合っていた。
僕は、分かっていながらも、心の中で思う。
こんな幸せな日々が、永遠に続けばいいのにって。
思ってすぐ、僕はその言葉を頭から消した。
翌朝。僕は学校の制服を着ながら、いつもと違う食卓にやっぱり慣れない想いを抱きつつ朝食を食べ、莉愛に行ってきますと告げる。
「亜樹くん亜樹くん」
靴に履き替えた僕を莉愛は呼び止める。
そして、僕に近づいて、耳元で呟く。
「……学校終わったら、いつもの旧校舎に来て」
「……え?」
「多分、それが最後になると思うから」
そういって僕から離れ、笑いかける。
「……うん。わかった」
僕は少し疑問に思いながら返事をする。
旧校舎……ということは、莉愛も来るという事……でいいんだよね。
僕と莉愛にとっての思い出の場所。
もう二度と、あの場所で莉愛と会えないと思っていた僕は、少しうれしかった。
僕は待ち遠しく思いながら、授業を無難にこなし、昼休みには日向達に近情を説明したりして、学校行事を終える。
そして放課後、僕は一目散に旧校舎へと向かった。
いつもの部屋に入ると、そこには、なんだか懐かしさを感じる制服姿で莉愛さんが立っていた。
「こんにちは。亜樹くん」
「……こんにちは、莉愛さん」
「今日は早いですね」
「少し嬉しいことがありまして」
僕たちはあの頃、この場所で過ごしていた日々と同じ口調で、同じテンションで話していた。それが、とても心地よくて。僕はあの幸せだった空気感に酔っていた。
「今日は最後の特訓をしましょう」
また莉愛さんは新しい提案をする。
「今度は何をするんですか?」
「……最後は、私達の物語を語るのです」
その提案は、相変わらず僕にはわからなくて。
「ど、どういうことですか?」
と聞き返す。
「あの後、あの告白の後の出来事を演じるのです。授業があって、すぐに解散してしまいましたからね。告白されてすぐ解散なんて、寂しすぎると思いませんか?」
「……なるほど」
自分自身のあの時をやり直す。それは、まさに即興演劇のようなだ。
「……って、それただの演劇の練習ですよね?」
「そうかもしれませんが、演じるのは、自分の気持ちです。無事恋人同士になり、お互いの恋する思いが成就した私達は、その後何をするのでしょうか。それを、今日1日演じるのです。その時、亜樹くんは本当に本を読む事を克服できるかもしれませんよ?」
相変わらず莉愛さんの提案する内容はちゃんとはわからない。けど、それでも僕はなんやかんやで彼女の話にのるのだ。
「……じゃあ、告白が終わった後からでいいんですかね?」
「はい。それじゃいきますよ……よ~いスタート!」
莉愛さんの手をたたく合図に、合わせて、僕はあの告白の日を思い出す。
莉愛さんも僕を好きだと気が付いてくれた嬉しさ。初々しい恋する自分の気持ちを思い出す。
「手、繋いでもいいですか?」
「……うん。いいよ」
そう言って向かいに座る莉愛さんは、右手を躊躇しながら差し出してくる。
自分からの意志で女性に触ろうとするのが初めてで、僕は凄くドキドキしていた。
やさしく指先で彼女の手のひらに触れると、莉愛さんは突如僕の手を捕まえる様に、ぎゅっと指を絡めて手を繋いだ。
「躊躇し過ぎですよ? ……私達、好き同士とわかったんですから、もっと強引に来てくださいよ」
「そ、そういわれても、……いきなりなれなれしく触るのは如何なものかと……」
「……告白してくれた時は凄い勢いだったのに」
「うっ……ぼ、僕だって、感情が抑えられない時もあれば、感情を制御している時もあるんですよ?」
「そうですか……でも、私達付き合ってるんですよ? その……もう少し、私をドキドキさせてくれないんですか?」
照れるように莉愛さんは言った。
「ど、ドキドキですか?」
「そうです。例えば……キス……とか」
積極的に彼女はそんなことを言ってくる。
「……いいんですか?」
逆に僕はそれに戸惑ってしまって、そんなことを聞き返していた。
「……これ以上言わせる気ですか? 物語をたくさん読んでいる亜樹くんなら……分かるでしょ?」
据え膳食わぬは男の恥。僕はその言葉が頭に一番に浮かんだ。
そうだ。付き合えた時点で両想いな事は分かってる。そこで、莉愛さんがキスの話をだしたんだ。それはもう、答えを言っているのと同じだ。
僕は身を乗り出し、ゆっくりと莉愛さんに近づく。
莉愛さんは目を閉じる。すこしだけ、緊張した様子だった。
僕はこれまでで一番ドキドキして、ときめいていて。
ゆっくりと……軽く表面が触れる程度に優しくキスをした。
その瞬間、僕の頭は不思議な感覚になる。
まるで世界が溶けて、不鮮明になって、はっきりと見えるのは、目の前の莉愛さんだけになる。
唇を話すと、莉愛さんが目を開ける。
莉愛さんは頬を紅潮させ、蕩けた顔で、僕の目をじっと見てきた。
僕は感じたことのない高揚感に頭が支配される。
一度唇が離れた僕達は、再びこの幸せな気持ちを求める様に、どちらからでもなく唇を重ねた。さっきよりも、強く、しっかりと相手の感触が伝わるように。
どれぐらいキスをしていただろうか。上手いキスの仕方なんてお互いに知らなくて。ただただその行為が心地よくて、世界にまるで二人しかいないようで。
「ねぇ、このまま……いい?」
「……うん。いいよ」
僕達はキスを堪能すると、そのまま止まることなく、学校という青春を強く感じる場所で、背徳感に酔いしれながら、深く、深く気持ちが通じ合った。
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