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それ以来、僕は頻繁に旧校舎の4階に行っていた。1人になっては思う存分本を読み、時には友達と一緒に帰って本を読まない日を作ったり。
旧校舎に本を読みに行く時は、図書室に行くと嘘をついている。彼らは図書室に来ることがないからこんな嘘でも簡単に通ってしまうのだった。僕が本を好きなのを知ってるから不思議にも思わないはず。
彼らは僕が声に出して本を読む癖があることを知らない。自分の欠点を他人にひけらかす人はいないだろう。
季節は秋の始まり。僕は今日も友達に図書館に行ってくると伝え、そそくさと急足で旧校舎の裏にある床下の通気窓から慣れた足取りで侵入し、意気揚々と階段を駆け上がる。
そして、いつもの教室で僕は本を読み始める。
乱雑に置かれていた机と椅子を一つ窓際に起き、そこに座って夢中に本を読む。それが僕の幸せな時間だった。
誰もいない。誰にもなにも思われない。その楽しさが僕の癖を強くしていた。
最近では、気がつけば教室の中心で、身振り手振りをするかのように体を動かしながら本を読んでいる。もちろん手に本は持ってるから、ただ歩き周り、片手をあげたり力を握ったり、胸に手を当てたり。動きながら本を読んでいるだけだ。
それが楽しすぎて、字が読めなくなる時間まで、僕はずっと本を読んでいる。
将来の事とかも考えなければいけないとは思うけれど、今の僕にはそんなの分からない。
本を読むのは好きだけど、文章力があるわけじゃないから小説なんて書けないし、勉強はするけど、ただそれは普通に勉強をするからテストで点が取れるだけであって、決して頭がいいわけじゃない。
だから僕も、ありふれた人達と同じように、適当な大学に言って、なんとなく就職先を見つけて、適当な職に就くのかな~なんて漠然と考えていた。
それでも、なにか自分のしたいことをしたいなと思う自分もいる。だから僕はまだ進路を決められないでいた。
そんなことを心のどこかで思いながらも、僕はいつもと同じように本を読む。
「この世界は美しい。けれど悲しみに満ち溢れている……。ああ! 何故この世界はこんなにも矛盾しているのだろうか!」
主人公の台詞を声に出して読み上げる。ヒロインの台詞もそれは同様。
「矛盾などしていません! この世界には、様々なものが溢れているからこそ美しいのです。悲しみ、喜び、怒り。言葉だけでは語り尽くせないほど、様々なモノで満ち溢れているのです。だから人生は幸せになれるのです!」
物語に夢中な僕は、自分が旧校舎にいるという事をもはや覚えていない。物語の中に入り込み、僕は現実にいない。この綴られる物語そのものになりきっている。
ヒロインの台詞はそのまま続く。
「美しいものだけを見るのはおやめなさい。悲しみを知り、怒りを堪え、様々な事柄を経験すれば……あなたも私も……きっと、きっと素敵な――」
快楽にも近い没頭をしていたその時。この後最高の決め台詞が入りそうなその瞬間の出来事。
突如として僕のいる教室の扉が、何者かの手によってガラガラと音を立てて開かれたのだった。
普段聞こえないはずのその音に僕は敏感で、物語の世界から、瞬時に現実へと返ってくる。
僕は目をウルウルさせ、立ったまま神に手を差し伸べるかのように片手を伸ばしたポーズを決めたまま、扉のほうを見た。
そこには……女子生徒が立っていた。僕の見たことのない、長い黒髪をした女子だった。
目を丸くして、口を小さくあけ、唖然としているような表情で僕を見てくる。僕もきっと似たような表情をしてるに違いない。
僕は一瞬どう反応してよいのかわからなかった。見られたことの羞恥がやってくる前に、物語から返ってきた僕は、少しハイになっているようで、現実と創造の区別がつかなくなっていたのか、しばらくお互いに硬直状態が続いた。
しかし、自分が教室という場所にいることに気がつくと、現実だということを頭が理解し、一気に恥ずかしさが込み上げてくる。耳まで顔を真っ赤にすると、僕はぎこちない動きで手を降ろし、窓際に置いてある席に、肘膝がぎこちない人形のような動きで座ると、勢いよく顔を伏せた。
まさか人が来るなんて思っていもしなかった。しかも女子。女子なんて一番見られたくない。
僕は色々な事を考えた。今後の学校生活、変な噂を立てられ、後ろ指を刺される日々。キモイ奴だと距離を置かれる日々。友達がドン引きして去っていく絶交。
なによりも、こんな場所で、特定の女性に見られるという事が、何よりも僕のパニックを増幅させる。
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