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「ねえ、どうして? 僕の為ってどうして?」
「あなたが普通じゃないからよ!」
リビングに甲走った声が響いた。母は必死に何かを堪えるように席を立つと、シンクにたまっていた食器を洗い始める。僕はそれでも後ろから抱きつき、懇願を続けた。
「ねえ、僕もお外行きたい!」
「そんなわがままばかり云ってたら――」
「ねえ、誰?」
僕は唐突に訊いていた。母の食器を洗う手がピタリと止まる。
「え?」
「お母さんと一緒にいるのお父さんじゃないよね。誰?」
「な、何を云い出すのよ急に」
「知らない男の人だ。変なことしてた。二人が裸になって――」
グッと首を絞められる。――声が出せない。息が吸えない――母の獣にでも取り憑かれたように豹変した恐ろしい顔が視界いっぱいに広がった。
「また覗いたのね……。やっぱりあなたは普通じゃない。きっとバケモノなのよ。ああ、なんでこんな子供を産んでしまったのかしら……」
首にかかる力が次第に強まっていく。苦しくて目が飛び出そうだ。流れっぱなしの水道の音。床に押し倒された時の鈍い痛み。母の手についた洗剤の泡から柑橘系の香りが、ツンと鼻腔を刺激する。硬くて冷たいフローリングの床が背中に伝わってきた。
「このバケモノ! 気味悪いのよ!」
「お母さ、ん。く、くるし、いよ……」
「あんたのせいで、家族がどれほど嫌な思いをしてきたか分かる!? 世間から白い目で見られて、同じようにバケモノ扱いされて……。だから、あんたを無かったことにするの。外に出たい? 馬鹿言わないで! 出してやるもんか! あんたさえいなかったら、全部うまくいくのよ……」
「お母、さん……ごめ、んなさ、い……」
すると、間もなく母は我に帰ったかのように顔面蒼白になると、僕の首から手を離し、自分の口許を覆う。
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