いらないモノ

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 空を見上げて音楽に集中していると、志季の肩を叩くものがいた。視線をそちらへ向けると、小さな女の子がニコリと笑みを浮かべて、立っている。  ロングストレートの黒髪に、綺麗に切り揃えられた前髪。黒目がちな大きな眸に、血色のよい唇。ぷっくりとした頬に、真っ白な肌。まるで、人形のようである。  片方だけイヤフォンを外し、 「どうしたの? えっと、(もも)ちゃんだっけ」  と、笑顔を作って尋ねてみる。 「うん!」  桃は先月からこのS**児童養護施設に入所したばかりの五歳の女の子である。 「何聴いてるの?」 「今、聴いてるのはロックだよ」 「ロック?」 「音楽の種類さ」 「へえ、何だかシャンシャンいってるね!」  桃はイヤフォンから漏れ出る音を拾うように、形の良い小さな耳を近づけてきた。 「一緒に聞く?」 「うん!」  志季は「はい」と、片方のイヤフォンを渡すとおりしも、離れた位置からこちら側に声を投げてくるものがいた。 「あ、桃ちゃん。駄目だよ!」  今年、七歳になるここなだ。慌てて駆け寄ってくる。 「ほら、こっちおいで。一緒に追いかけっこしよ」  そう云って、手を掴み無理やり志季から離そうとするが、 「嫌だ。私は、今からロックを聴くの」 「いいから」  それでも、強引に桃を連れていく。  そして、ここなはこちらに一瞥をくれると、気まずそうに顔を伏せて(きびす)を返し、歩きながら「あの人には近づいちゃ駄目って云ったでしょ?」と、声をひそめて云う。さも姉ぶるような口振りで桃を咎めているのが聞こえてきた。  志季は軽く鼻を鳴らし、両耳にイヤフォンを付けると、また好きな音楽に耳を傾けた。  自分の特殊な能力は、この施設内でも知られている。噂というものはどこまでも付き纏うのだな、と感慨(かんがい)に過去を振り返りながら志季は目を瞑った。
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