いらないモノ

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 脳裏に流れ込んでくる桃の記憶。  母親と父親が争っている場面。桃がそれを見ながら身体を慄かせている姿。立ち尽くしたまま、失禁している姿。 「やめて! 桃だけには手を上げないで!」  母親の叫び。 「黙れ! このやろう! 刃向かってんじゃねえ!」  父親の怒声。  桃の目の前で母親は何度も殴られ、床に叩きつけられ……。  肉を打つ音が生々しく、部屋と桃の脳裏、そしてリンクするように自分の中で反響する。  母親の顔は惨たらしく血だらけだった。  志季は思わずそこで、彼女の頭から手を離した。 「そうだね。悪い狼には罰を与えなきゃ」  きっと、桃の母親は目の前で殴り殺されたのだと思う。父親は未だ捕まってないと見た。  今度は頬に触れて、柔和に微笑してやる。  ――やはりそうだ。桃の父親は妻を殺害後、逃亡中だ……。 「大丈夫。お兄ちゃんが悪い狼を倒してくるから」 「え?」  もう一度、笑みを投げてやる。安心させるように抱きしめて、 「いいかい? もう怖がらなくていい。ここにいれば安全だ。僕もいる。僕が守ってあげるよ」 「ほんと?」 「ああ、僕は嘘をつかない」  すると、桃は顔中に笑顔を広げた。  包んだ小さな身体は柔らかく、体温がひしひしと伝わってくる。こんな悲惨な状況でも必死に生きようとする彼女の強い精神力。その青みがかった眸は想像を絶するような悲劇を見てきたはずなのに、まだ、光を失っていなかった。
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