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「そうだ! お兄ちゃん。絵本読んでほしい」
「でも、この部屋に絵本は……」
「大丈夫! 私のお部屋にあるから。狼と七匹の子山羊もあるよ! 今から持ってくるね」
「ああ、でも、見つからないように十分、気をつけるんだよ」
「はーい!」
喜色を露わにし、ドアを開けて出ていく桃の姿を見て、また知らぬ間に口許が笑っていた。
志季は――ふと我に返り、確かめるように顔に触る。
思いもよらぬ感情が、今、沸き起こり……。
(なんだろう……)
なんか妙な気分だった。
彼女を助けたい、救ってやりたい、生かしてやりたい。そんな気持ちが突として、心に降りてきたのだった。
5
それからというもの、桃は夜が更ける頃に部屋を訪れては、絵本を読んでほしいと強請ってくるようになった。きっと、それが彼女の精一杯の甘え方だったのだと思う。
寂しいよ。悲しいよ。恋しいよ。
そういう思いを口にしない子だったが、彼女に触れていれば明らかだった。五歳の子供が抱く正常な感情に満ちていた。心底、悲しんでいる。もっと、母親と一緒にいたかった、と……。
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