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毎晩、ベッドに横になりながら桃が寝付くまで本を読み、寂しくないように寄り添ってやった。
そして、早朝のまだ誰も起きていない五時頃に桃を起こすと、寝ぼけ眼の彼女を抱っこして部屋まで送ってやる。そんな日々が最近、続いていた。
ああ、この感情はなんなのか。身体の奥が熱くなるこのどうにもし難い思いは……。
これが愛情というものなのか。守ってやりたいという庇護欲なのか……。
感じたことのない感情に、志季は戸惑っていた。
今日もまた、桃を寝かしつけ。やがて、施設内の全員が寝静まった頃、志季はそっとベッドから抜け出した。
桃を起こさぬよう、慎重に支度を始める。クローゼットの中にかけてある黒いフード付きのローブを着て、持鈴を中に忍ばせ……。
部屋を出ると――この施設の間取りは中庭を囲むように部屋が造られている――すぐに中庭だ。
淡く青みがかった中庭の真ん中で、志季は夜空を仰ぎながら、ゆっくりと深呼吸をする。ここからは、大きな満月がよく見えた。
「お兄ちゃん?」
後ろから桃の声が……。
振り返ると、桃が小首を傾げながら歩み寄ってくる。
「こんな時間に何してるの?」
志季は膝をついて、
「悪い狼を探しにいくんだよ」
「狼?」
「ああ――それにね、この世界にはいらないモノがたくさんあるんだ」
「いらないもの?」
「うん。だから、そういったモノをゴミ箱にポイしてくるんだ」
「じゃあ、お兄ちゃんはいいことしてるんだね」
「そうだよ。もし、悪い狼も見つけたらやっつけてくるからね」
「うん!」
「じゃあ、行ってくるよ。いい子におやすみ。起こす時間には戻ってくる。僕の枕があれば寂しくないだろ?」
「うん、お兄ちゃんの匂い大好き!」
志季は口の端で笑い、彼女の頭を撫でた。
「いってらっしゃい」
桃は、小さな手を振って素直に部屋へ戻っていった。
志季は彼女を見送ってから腰を起こすと、夜空を見据え、
「……まさか、今度は凍砂とはね……。すまないけど死んでもらうよ」
そう、呟き――志季は唇を引き締めた。そして、その場から高く飛び上がると、深更に羽を広げた鴉のように街へと繰り出した。
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