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混沌
1
りさの通夜から二日後、金曜日。時刻は夕方の五時半頃。突然、自宅の呼び鈴が鳴った。ちょうど母親の一花は夕飯の買い物に出ていた。凍砂は玄関ドアを開ける。
「あの、久遠凍砂くんですか?」
「あ、はい……」
「ちょっとお時間いいですか?」
そう云って、中年くらいの細身で上背のある男が警察手帳を見せてきた。もう一人は二十台くらいの中肉中背の男だ。
「はい」
「N**高校に通っていた門叶りささんはご存知ですよね?」
「はい、クラスメイトでした」
「三日前、彼女が襲われた時、側にいましたね?」
「い、いました」
「その時、犯人の顔とかは見ませんでしたか?」
最初、自分が疑われているのかと思い焦ったが、そうではなさそうだ。
「えっと……」
ここは誤魔化すしかないと思った。
「僕はすぐ気を失ってしまい、顔は見ていません……」
「そうですか……」
「あの、彼女は連続通り魔に襲われたんですか?」
ここはあえて、探りを入れてみることにした。警察の動きが知りたかったからだ。
「ええ、心臓が抉り取られていましたから。今までの犯行と類似していますし」
「え!?」
「何か気がついたことでも?」
「い、いえ……」
「では、何か思い出したら私に連絡してください」
上背のある方の警察官が名刺を渡してくる。
「分かりました……」
ドアが乾いた音を立てて閉まった。
凍砂は玄関に立ったまま、名刺をくしゃりと握りしめ、眉をひそめた。動揺によって、だんだんと気息が上がっていく。
(心臓が抉り取られていた? りさが負傷した箇所は左腕だ。どういうことだ……)
疑念という文字が頭の中をぐるぐると回転し出す。その中央にぼんやりと浮かび上がってくる顔……。それは、明日馬の顔だった。
2
凍砂はベッドの上に腰を落とした。
疑念が次第に膨れ上がり、抑えきれぬ混沌とした感情が押し寄せ……。
目眩と吐き気がする。理解が追いつかない。
ああ、どういうことだ。
明日馬は嘘をついていた。
なんのために?
そうせざるを得ないかった。
どうして?
警察に本当のことを話せないのは分かるがしかし、なぜ……。
(僕にまで嘘をついた……)
もうキリがない疑心が脳味噌から零れ落ちていく。
どうして、どうして……。
埒があかない。
凍砂はスマホを手に取り、明日馬に電話をかけた。
呼び出し音が次第に心を騒つかせる。畏れのような感情も同時に浮上してくる。
これを訊いたら……。もし、この混沌とした頭の中に浮かぶ、一番、最悪のカードを引いてしまったら……。
もう、彼のことを信じることができなくなってしまうかもしれない。
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