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「本当のことを話しても、信じてもらえないと思ったんで、その時は、見ていませんと云いました。――それと……」
そのあとに続く言葉に詰まった。一度、目を瞑り深く息を吐いてから、
「警察の動きを知りたくて探りを入れてみたんです。彼女は連続通り魔に襲われたのかって……そしたら、犯行が類似していると……」
凍砂はそこで言葉を切り、改めて云い直す。
「心臓が抉り取られていたことからみて、同じ犯人だろうって……」
すると、明日馬は、なぜか小さく笑みを浮かべると、
「少し歩こうか」
そう云って、歩き出した。
「火浦さん!」
凍砂はそれを止める。
明日馬がこちらに振り返り、「ちゃんと話すから」とだけ云う。
彼の何かを決心したような真剣な眼差しに怖気づく。この先、彼の口から何を云われるのだろう。〝ちゃんと話す〟とは一体……。それを聞いたあと、今までと同じ関係でいられるだろうか。
とても怖かった。心の一方ではまだ明日馬を信じていたから。
でも、凍砂は覚悟を決めて頷く。どんな真実が待っていようとも、このまま見ないふりをしているなんて無理だった。彼が話すと決心してくれたのだから、自分も逃げずに向き合わなければ……。
二人は近所にある川沿いの道を歩いていく。
草木と川の匂い。行く先に生える桜の木を見上げると、小さな蕾がいくつも膨らんでいた。
しかし、二月の夜風は冷たい。羽織ってきたジャンパーのファスナーを首元まで閉めて、服の隙間から入り込んでくるひんやりとした冷気を防いだ。
明日馬は上着のポケットに両手を入れて、川を眺めながら自分よりも大体、一メートル先を無言で歩いていく。
彼は今、何を考えているのだろう。その背中から放つ、何かを抱え込んでいるような深い翳に、凍砂は猛烈な不安を覚えた。
「火浦さん、あの……」
たまらず、明日馬に声を投げる。
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