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「どこまで行くんですか?」
「……じゃあ、そこへ座ろうか」
明日馬は先に見えるベンチを指さした。
桜の木の横に設置されている、木作りのベンチである。
二人は並んで腰を下ろし、そこから見える景色を眺めた。遠くに見えるマンションの明かり、黒くてなだらかな山の曲線。前には川が見え、揺蕩う水面には月光が反射し、川の向こう側に均等に生えた電柱と、細い道を点々と照らす街灯。辺りには人影はなく、今の心情とは裏腹に、今宵はとても穏やかだった。
そして、凍砂は指を固く組み合わせてから、この沈黙を破った。
「火浦さん、さっきの続きなんですが……」
「ああ、分かってる」
明日馬はそう云って、おもむろにズボンのポケットから煙草を取り出した。
「あれ……明日馬さん、煙草吸うんですね」
「十代の頃から吸ってる。でも、最近まで禁煙しててね」
「そうなんですか……」
「あ、吸ってもいいかな?」
「はい」
それを聞くと、明日馬は煙草を一本取り出し、ライターで先端を炙る。煙とうそ甘い香りが辺りに漂い始めた。
彼がまた煙草を吸い始めた心情が気になる。煙草の先端から細い糸のように昇っていく煙をじっと見つめながら、凍砂は眉をひそめ、
「あの日、何があったのか教えてください」
と、僅かに語調を強めて云う。
そうすると、明日馬はふーっとひと吹きしたあと、灰を地面に落とした。
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