混沌

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「あの時、本当は云うべきだった」  彼の綺麗な横顔が、僅かに歪んだ。 「云うべきだった? でも、火浦さんは云っていましたよね。僕が気絶している間の出来事を……」 「ああ、でも、一番大事なことを云わなかった……いや、どうしてもあの場では云えなかったんだ」  そこで言葉を切り、煙草を口に戻すと、強めに煙を吸い上げる。  その、彼の動揺ともいえる仕草を見つめながら、凍砂はじっと続きの言葉を待った。  そうして、明日馬は長く吸い込んだ煙を吐き切ってから、 「血だらけの君たちを運んで病院に行くこともできたが、うまく説明する自信がなかったし、いろいろと面倒なことになると思って、ああいう形を取ったと云ったろ?」 「はい」 「実は、他にも理由があるんだ」  明日馬は、ベンチの横に置いてあるゴミ箱付き灰皿で短くなった煙草を揉み消し、また箱から新たに一本取り出す。 「俺は過去にしくじったことで、警察に目をつけられているんだ」 「しくじる?」 「まだ葉砂が生きていた頃の話だ。サイコビーストを帰し、葉砂とりさと別れたあと、たまたま、やつに心臓を喰われた死体を見つけてしまったんだ。あたふたと一人、警察に連絡を入れるか悩んでいた時、ちょうど巡回していたパトカーが通りかかって……。なぜか俺はその時、逃げようとしてしまったんだ。あの頃はまだ死体を見ることに慣れていなかったし、気も動転していたんだと思う。それで、色々と事情聴取も受けて、その時は証拠不十分でことなきを終えたんだが……警察には、今でも目を付けられていると思う。そういうのもあって、あの日、君たちを直接病院へ運ぶことができなかったんだ」 「病院に運べなかった理由は分かりました。でも、今、僕が知りたいのは、りさはなぜ心臓を抉り取られていたかです。こんなこと云うのは正直気が引けますが、火浦さんがりさの心臓を……」
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