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「あのさ、ちょっと訊きたいことがあるんだけど」
「なに?」
一花はテレビを消して、こちらへ顔を向けてきた。
「変なこと訊くんだけどさ。ここ引っ越す前の家に地下ってあった?」
それを聞いた途端、一花は眉をひそめた。
「なんで急にそんなこと訊くのよ……」
「ただ、その頃の記憶がないから。母さんに訊こうと思って」
「…………」
「地下はあったの?」
俄に一花は苦しそうに気息を荒げる。指先も震え出していた。これは、前にも起こった症状だ。
「か、母さん!?」
「やめて……」
「母さん、大丈夫?」
「嫌、嫌、嫌っ!」
一花は、何か恐ろしいものを思い出したかのように頭を抱え、激しく振り動かす。
凍砂は取り乱した彼女を宥めようと、肩に手を置いたその時だった。
また、先刻と同じような断片的に飛び込んでくる光景が……。
まだ小さい凍砂と葉砂の姿。一花の愛情溢れた優しい微笑み。トレーの上に置かれた食事をどこかへ運んでいく姿。廊下の一番奥のドアを開けると、薄暗い地下へと続く階段が……。
ギギギと木が軋む音。鼻に纏わりつくようなカビの臭い。一花がエプロンのポケットから手繰り出したシルバーの鍵。それを、鍵穴に差し込む姿。
――ガチャ……。
そうして、開かれたドアの向こうに見えたものは……。
凍砂は驚愕した。
(だ、誰だ……)
見覚えのない生白い薄汚れた少年がその中にはいた。
髪はボサボサで、身体中に引っ掻き傷のようなものがある。虚ろな眸、こけた頬。小学生くらいの年齢だろうがしかし、その姿態からは老人のようにも見えた。きっと、この小さな倉庫に長年、閉じ込められているのだと凍砂は悟った。
あまりにも痛々しい姿に目を背けたくなる。
しかし――なぜ、こんな場所に……。
「ご飯よ」
一花は一言、淡々とそう云って食事を床に置くと、そのまま倉庫を出て、また鍵を閉めてしまった。
乾いた金属音が地下に響く。
(どういうことだ)
これは、一花がしてきたことなのか。彼は誰で、どうしてあんな所に……。凍砂は見たものを受け止められず、混乱した。
そこで凍砂は手を離し、怯える一花に尋ねてみた。
「母さん、いったい何をしてきたの……」
すると、一花の震えが止まり、虚ろな眸をこちらへ向けてきた。
「地下室に閉じ込めていたのは誰なの?」
途端、一花はバケモノでも見るかのように顔をこわばらせ、
「も、もしかして、あなたも……」
「え」
「あなたも人の記憶を……」
「あなたもって、どういうこと?」
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