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「バケモノ……」
一花がぽつりと吐き落とす。
「母さん、どうしたんだよ! バケモノって……」
「やめて! 私に触らないで!」
一花は凍砂の身体を突き放す。そして、一散に自室に駆け込んでいく。
「母さん!」
目の前でドアがピシャリと閉まった。
「母さん、教えてくれ。何があったんだよ」
ドアを叩くと、
「入ってこないで!」
そう、一花の甲走った声が中から聞こえてきた。
完全に気が触れてしまっている。一体、彼女の過去に何があったというのか。――そして、見覚えのないあの少年は誰なんだ……。
2
いつもなら夕食の時間だが、あれっきり一花は部屋に閉じ籠ったきりである。さすがに心配になり、もう一度ドアをノックしてみるがしかし、返ってくる返事はない。
(寝ちゃったのかな……)
まだ、そっとしておこうかと思ったが、やはり心配だ。凍砂は意を消して、
「母さん、入るよ」
一応、断ってからゆっくりとドアを開けてみる。
「母さん?」
ベッドにうつ伏せ状態の一花の姿。
「ねえ、母さん?」
もう一度声をかけてみてもしかし、反応がない。
凍砂はローテーブルの方に視線を向けると、戦慄が走った。
そこには、いくつかの薬袋。そして、大量に薬を呑んだ痕跡が……。
「母さん!?」
肩を激しく揺する。すると、また先刻見た記憶が脳裏に映り込んでくる。
凍砂はかぶりを振る。
(今はそれどころじゃないのに……)
すぐさま、脈を測り生きていることを確認すると、慌てて救急車を呼んだ。
自分も冷静さをなくしていた。――まさか、一花が自殺を図るなんて……。
しかし、彼女をここまで追い詰める理由はなんだ。あの地下室は、あの少年は、一花の悲壮と恐怖を滲ませた面差しが眼裏に飛び込んでくる。
――バケモノ……。
彼女は先刻そう呟いていた。
一体、なぜそんなことを……。
なぜ、彼を閉じ込めていたんだ。
彼は……。
彼は…………。
また、激しい眼痛に襲われる。ズキズキと疼き、吐き気をもようした。
脳裏に駆け巡る知らない光景。
しかし、これは……。
凍砂はその場で腰を落とした。瞼を手のひらで覆い、気息を荒げる。
(一体この光景は何なんだよ。あの地下室に閉じ込められた少年は誰なんだ。母さんは、なんで彼を閉じ込めていたの……)
霧に蔽われた心奥に何か見えてくるがしかし、立ち込めた霧が深くてよく見えない。現れた少年のぼんやりとした輪郭は、再び、霧の中へと呑み込まれていく……。
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