贖罪

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贖罪

    1  志季は芳行(よしゆき)(三人の父親)のサイコビーストを帰したのは葉砂だと云っていた。  しかし、芳行は過労による心不全で亡くなったと一花から聞かされていた。 (そういえば、確か……)  芳行は長い間、単身赴任で一緒には暮らしていなかった。でも、凍砂が失明したのをきっかけに戻ってきたのだ。 (そうだ、思い出した)  単身赴任中たまに帰省したかと思えば、一花と喧嘩ばかりしていたあの頃を……。  耳底に微かに響いてくる一花の泣き声。 (ああ……)  次々と記憶が持ち上がってくる。  一花はあの頃、よく泣いていた。単身赴任がきっかけで夫婦間に溝ができ、志季の存在が彼女の精神に追い打ちをかけたのだろう。  しかし、だからといって子供を虐待していいということにはならない。  ――たとえ、の子でなくても……。  そして、単身赴任から戻ってきた時分に、今住んでいるマンションに引っ越してきたのだ。  ただ、芳行は一緒に暮らし始めてからも相変わらず仕事詰めの毎日で、家にはあまりいなかった。最後には過労で亡くなったのだと、今の今まで僅かも疑うことなく、そう思っていた。  しかし、実際の死因はサイコビーストを帰したことによる原初(げんしょ)への回帰(かいき)。  一花は――いや、彼女はサイコビーストの存在を知らない。ニュースでも挙げられている通り、不審死。きっと、芳行の場合は過労による心不全という形で、病院の先生から聞かされたのだろう。  だが、葉砂は違う。葉砂はずっとこのことを黙っていた。  ふと、その時――サイコビーストの話を聞かされたファミレスでの出来事が想起された。  りさは葉砂のことをこう云っていた。〝彼女は冷酷無残な人間〟〝彼女こそ死神に相応しい〟と……。  りさもきっとその現場にいたのだろう。芳行の魂が入ったサイコビーストを帰す葉砂の姿を見ていた筈だ。
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