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では、明日馬は……。
そうだ、明日馬もその場にいた筈だ。にも関わらず、ずっと、このことを黙っていた。
混沌とした感情が込み上げてくる。
それに、兄と云っていた志季。なぜ、志季は父親の芳行まで……。
ブラック企業に勤めていた芳行は働き詰めでいつも忙しく、たまに夕食を共にする時はなんだか疲れ切った声をしていた。単身赴任から帰ってきても、夫婦喧嘩は多く、家庭環境は良いとは云い難かった。
やはり、一度壊れてしまった関係はなかなか修復するのは難しいのだろう。
仕事もハードで、家では喧嘩ばかり。きっと、芳行の精神はかなり参っていたのだと思う。
志季はそんな芳行をターゲットに選んだのだ。
どうして……。
どうしてそんなことが出来る。確かに、ずっと幽閉され続け、単身赴任中だった芳行とはほとんど顔を合わせることもなく、父親との絆は皆無に近かったのかもしれない。
それに、一つ引っかかる点もある。芳行はなぜ、幽閉されていた志季を助け出さなかったのか。
もしかしたら、異様な子供を閉じ込めることに賛同していたのだろうか。
それとも……。
2
人々は次々と血しぶきを上げて倒れていく。悲鳴は四方八方から聞こえてきた。
彼らからすれば、何が起きているか分からないだろう。サイコビーストの姿は普通の人間には見えない。見えないものからの攻撃。いつ襲われるのかも分からない恐怖は想像を絶する恐ろしさだろう。
凍砂は一匹のサイコビーストと遣り合っている明日馬を見て、眉をひそめた。
明日馬に感じていた疑心はますます色濃く、心を染めていく。
聞きたいことは山ほどあるがしかし、今はこれ以上犠牲者を増やさないためにもサイコビーストを帰さなければ。
――邪魔をするな。
志季の警告。しかし、それには応えられない。自分には守るものがある。やつの思い通りにさせる訳にはいかない。
明日馬はだいぶ押されていた。心臓をたらふく食べたサイコビーストは相当凶暴化している。しかも、スピードが速すぎる。刀を振っても瞬間移動するように避けられていた。
そうだ、光は――やつの中心辺りに光る人間の魂。この前のようにあれを掴み出せば……。
凍砂は集中する。
「うああ!」
明日馬の喘ぎ声。
とうとう明日馬がやつに捕まってしまう。でかい右手に胴体を掴まれながら、刀を振り回し藻掻いていた。
(見えた!)
凍砂は走り出す。サイコビーストの中に飛び込んで光を掴んだ。暖かい感触が手のひらに伝わってくる。
そのまま、転げるようにしてサイコビーストの中から出てくると、手のひらに納まった光を見つめてみた。
(これが、人間の魂なのか)
とても美しかった。暖かくて、優しい光。そして、たちまち消えてしまう。
「凍砂くん!」
ほっとしたのもつかの間、後ろから明日馬の叫び声。
振り返ると、もう一匹のサイコビーストが後ろから迫ってきていた。
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