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*
「本気!? そのバケモノの中にはあんたのお父さんの魂が入ってるんじゃないの!?」
りさはサイコビーストを鎖で拘束しながら、葉砂に向かって声を張り上げた。
「そうね、でも帰さなきゃ」
「帰したらお父さんも死んじゃうんじゃ!」
葉砂はりさの方を向き、小さく唇の端に笑みを浮かべる。
「仕方ないよ」
「仕方ないって……」
「帰すしかほかないんだし」
「だからって、あんたのお父さんでしょ!?」
「そうよ」
「それでいいの?」
「別にいいかな……。お父さんのこと嫌いだったし」
「え……」
「私が小さい頃は、よく両親が喧嘩してて、お母さんのこと陰で暴力振るってたの知ってたし」
「…………」
そこで葉砂は少し考えるようにしてから、
「害虫」
そう、ぽつりと呟き、
「うん、害虫! お父さんは、家族の中では害虫だった」
云いながら、葉砂は苦り切った表情を浮かべる。
「害虫って……。それでもあんたのお父さんじゃん。帰して本当に後悔しないの!?」
「後悔? じゃあ、逆に訊くけど、りさは後悔してるの?」
「そ、それは……」
「私は後悔なんかしない。ずっと消えればいいと思ってたから」
その時、鎖の中で悍ましい呻き声を轟かせながら、サイコビーストが暴れ始めた。
「お、おい。やばいんじゃないか!? 葉砂、どうするかお前が決めろ!」
明日馬は慌てて、二人の会話に割り込んだ。
「決まってるでしょ」
葉砂はサイコビーストに微笑を湛え、
「バイバイ……」
そう呟くと、あっさりと帰してしまった。
「私にはあなたの気持ちが分からない。笑って父親を殺したのも同然だよ」
「はあ……りさなら私の気持ち分かってくれると思ってたのにな」
葉砂はそう云って、残念そうに眉を下げた。
*
「火浦さん、降ろしてください! 今すぐ!」
「分かった」
明日馬は近くの浜辺に着地した。
ここは以前、明日馬とバイクで来た場所だ。
潮風が二人の髪をなぶる。海は闇を吸い込んだように真っ暗だった。昼間の海はあんなにも優しいのに、夜の海はなんだか怖い。誘い込んでくるようなさざめきに恐怖すら覚えた。
「葉砂は本当に父さんを……」
「ああ……」
「なんで今まで黙っていたんですか!」
「そんなこと、君に云えるわけないだろう……。りさは云うべきだと云っていたが、真実を話したところで君を苦しめるだけだと思ったんだ」
凍砂は指を握り込む。
「葉砂が自殺した理由が今、分かりました。父さんを帰したこと、やっぱり後悔したんだと思う……どんなに嫌いでも、本当は……」
「…………」
凍砂はその場に屈み込み、砂を握りしめる。頭を落とし、歯を食いしばる。
「だって葉砂が自殺した原因はそれしかないだろ……。葉砂は、自分の手で父さんを帰したこと、すごく悔やんでいたんだ。苦しんでいたんだ。知らなくてごめん……ごめんよ…………」
「凍砂くん……」
明日馬が泣いてる凍砂の肩を抱きしめる。
「本当に今まで云わずにいてすまなかった……でも、君のことを思うとどうしても云えなかった……」
するとたちまち、またフィルムが回り出すように、脳裏にある情景が浮かび上がってきた。
彼の声がどんどん遠ざかっていく。
(この景色は……)
凍砂は目を見張り、面を上げた。
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