終章

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終章

「やっと見つけた」  志季はある男の前に降り立った。 「誰だ、お前」  警戒した表情。  志季は唇の端を僅かに吊り上げた。 「ずっとお前を探していたんだ。桃ちゃんのお父さん」 「桃だと……。俺に何のようだ」 「悪い狼を倒しにきたのさ」 「狼だと?」  志季は男に歩み寄る。 「お前のことだよ」 「は? 貴様殴られたいのか!?」 「そうやって、奥さんのことも殴り殺したのか」 「お、お前……」  男は一歩あとじさる。 「逃げていないで、ちゃんと償わなきゃ駄目だよ」 「うるさい! お前に俺の気持ちが分かるか!? あの女はなぁ――」 「お前の気持ちなんてどうだっていい」  男の口から、舌打ちが聞こえた。 「まあ、あれだ。知られてるからには生かしちゃおけねえ。この場で殺してやる!」  志季は大仰(おおぎょう)に息を吐き出し、かぶりを振る。 「お前みたいなやつはこの世にいない方がいい。桃ちゃんの為にもね」 「この野郎!」 「全く……。愚かな奴め」  男は勢いよく殴りかかってくるがしかし、志季はいつものように眼力で男の身体を硬直させた。 「ふふっ。さあ、この世から消えてくれ」  志季は冷たい笑みを湛えて、ゆっくりと男の方へ歩いていった。  夜がまた深く深く()ちていく。月が雲に吞み込まれ、濃密な闇が足音を立て始めた。  バケモノは呻き声を上げて、街へと繰り出す。志季は満足げに夜空を仰ぐともう一度、小さく笑った。
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