バケモノ

2/5

32人が本棚に入れています
本棚に追加
/76ページ
 隠しておきたい事柄や忘れてしまいたい記憶を盗み見て、それを口外する行為は――きっと、やられた側は堪らない。  その時分、住んでいた住宅街では僕の噂はすぐに広まり、家族含め敬遠されるようになっていった。  幼稚園でも同じような問題で、あの子には触れては駄目、一緒に遊んでは駄目、近づいちゃ駄目よ――と、親御らが口を揃えて吹聴(ふいちょう)し出したのだ。  そして、噂が十分に流布(るふ)したのち、どこかの記者が通っている幼稚園や家に訪れたり、テレビ出演の依頼までくる始末となった。  母はもう限界だと思ったのか、僕を幼稚園から遠ざけた。  家の中にいるのよ、外に出ては駄目、あなたは普通じゃないんだから、人と関わっては駄目よ……。  そう洗脳するかのように、毎日毎日、同じことを云っては(いさ)めてきた。  確かに人の記憶を勝手に見る行為は道徳に反するのかもしれない。世間一般からすればの括りに入るのだと思う。でも、だからといって……。  幼稚園に行くのをやめてからというもの、母は僕を家の地下倉庫に閉じ込めるようになった。ドアが開くときは、食事と身体を拭く時だけ。――しかし、外には出してもらえない。食事も身体を拭くのも全部、この牢獄のような冷たくて灰色の四角い箱の中――それ以外はドアの外側から錠がかけられている。  窓なんてものもなかった。電気をつけなければ、闇だ。何も見えない。テレビもなければ、時計もない。食事を持ってくる母に時刻を聞くこともできたが、自ら訊こうとは思わなかった。ここにいる限り、時間なんてものは無意味だからだ。  そんな四畳くらいの狭い倉庫での娯楽といえば、母がたまに持ってくるいくつかの絵本と漫画くらい。それらを繰り返し読んで過ごした。もう紙がボロボロになるくらいに。  どうしてこんな目に遭わなければならないんだろう。どうして僕だけなんだろう。と、幼いながらに悶々と考え込むこともあった。  僕も外に出て誰かと遊んだり話したりしたい、また幼稚園に戻りたい。――やがて、そんな欲求は膨れ上がり……。
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!

32人が本棚に入れています
本棚に追加