悪英雄

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第一章 鉄腕  真夜中の舗装された道を、パーカーに身を包んだ男が走っていた。  筋骨隆々という言葉が相応しい、ガタイの良い大男だ。  その男に向かって、暗がりから突然、空き缶が投げ付けられた。中々の速度だったが、男はそちらを見ることなく躱す。 「誰だ?」  歩みを止め、落ち着いた態度で暗がりを見る男。  暗がりから、乾いた笑い声が響いた。 「連続殺人鬼、テツワンだな?」  暗がりからの声に、男――テツワンはピクリと眉を動かす。 「そういうお前は誰だ⁉」  落ち着いた態度が乱れ、焦ったようにテツワンは暗がりに問う。  暗がりから明るい場所に出てきた男の顔をテツワンは知っていた。 「なんだ、同業者か」 「お前らと一緒にするなよ」  嫌悪感を隠すことなく、暗がりから出てきた男はテツワンを睨む。 「一緒だろう? 連続殺人鬼、トモグイ」  暗がりから出てきた男――トモグイは拳を構える。ボクサーのような構え方だ。 「なら、俺の目的も分かるな?」  テツワンは失笑を隠そうともせずに、拳を構える。トモグイと同じ、ボクサーの構えだ。 「ああ。お前は俺を殺しに来たんだろう?」  ニヤリとした笑みを貼り付けたまま、トモグイは攻撃を開始した。 「その通り!」  素早くテツワンの懐に潜り込むと、テツワンの腹に拳を打ち込んだ。  だが、テツワンの強靭な腹筋に邪魔されて、まるで手応えがない。 (内臓まで攻撃が届かない……)  そして、今度はテツワンの攻撃だ。  一歩引き、思い切り振り絞った拳をトモグイに打ち込む。  トモグイはバックステップで回避するが、トモグイのいた地面は、アスファルトであるにもかかわらず砕けていた。 (なるほど、まさしくテツワン。だが、勝算はある!)  再びテツワンの拳がトモグイに向かって振り下ろされるが、トモグイはギリギリで躱すと、その腕を掴み、柔道の要領で逆方向にへし折った。 「ぐあ゛あ゛あ゛っつ⁉」  テツワンが右腕を抱えて蹲るが、トモグイはニヤニヤした笑みを浮かべてテツワンを見下ろす。 「ハハハハハハッ! ご自慢の腕が壊れちまったなあ‼」  蹲ったままのテツワンを蹴り飛ばし、勝利に酔う。 (クソッ! 片腕じゃ……)  右肘を逆方向に曲げられ、戦意喪失したテツワンは逃げる算段を考えていた。 (俺の方が身体はデカいんだ。全力で走れば逃げ切れる!)  そう決めると、素早く体勢を整える。 「動くな」  トモグイは拳銃を構えてテツワンに銃口を向ける。  テツワンは思考を加速させ、一瞬で自身の行動を決めなければならない。 (今までの殺人で、トモグイが相手の使う武器以外を使ったことはない。そして、俺の武器は拳。つまり、トモグイは銃を使えない!)  そう結論付けると、一目散に走りだす。  銃声が響き、テツワンの足を弾丸が貫通する。そのままテツワンは地面に倒れた。 「お前、自分のルールを破ったのか⁉」  テツワンの戸惑う声に対して、トモグイは冷徹に答える。 「俺は英雄だ。向かってくる(つわもの)には敬意を表すが、逃げる弱者には容赦しない」  トモグイはそう言うと、硝煙が消えた拳銃を上着の内ポケットに仕舞う。 「さて、続けようか」  ポキポキと指を鳴らしながらトモグイはテツワンに近づく。 「い、嫌だ……助けてくれ。誰か――」  テツワンが叫ぼうとしたところで、トモグイがテツワンの顎を蹴り上げる。 「お前も連続殺人鬼だろう? 民間人に助けを求めるようなみっともないことするなよ」  トモグイは気絶したテツワンの上に馬乗りになると、顔面に拳を振り下ろす。 「がはっ‼」  テツワンが起きるが、続けて振り下ろされた拳によって再び意識が飛ぶ。ただひたすらに、死ぬまでそれを繰り返す。  テツワンの死を確認したトモグイは、そのままテツワンの死体を人目につかない場所まで引きずっていく。  そして、二人の人物にメールを送った。  数分後。待っていた人物の一人が姿を見せる。 「お待たせしました」 「いいや、早くて驚いてるくらいだ」  黒髪を肩口で切り揃えたまだ幼い少女だった。厚手のコートを着てスタイルを隠しているが、おそらく華奢な身体つきなのだろう。彼女の引いてきたトランクが大きく、さらに彼女の小柄さを強調していた。 「で、ハコビヤ。この死体売れそうか?」  ハコビヤと呼ばれた少女は臆することなくテツワンの死体に歩み寄る。 「顔と右手は潰れてますから売れませんが、臓器にはほとんど損傷がありません。それに、良い身体つきですから高値で売れますよ」  そう言うと、ハコビヤはトランクから小型の鋸を取り出すと、テツワンの死体の腹を切り開き、内臓をトランクに入れる。 「殺す前に呼んでくれれば、脳と心臓も新鮮な状態で売れたのに……」  テツワンを解体しながら、ハコビヤは残念そうに言う。 「悪いな。お前を危険に晒したくなかったんだ」  トモグイのその言葉に、ハコビヤの心拍数は急上昇した。 「え? それって」 「お前、弱いだろ?」 (ああ、そうか。私は戦力として見られてないんだ……)  少し残念に思うが、実際ハコビヤは戦闘が得意ではない。戦闘も武器や装備頼りになるだろう。  そんなことを思っている間も、ハコビヤによるテツワンの解体は止まることなく進み、残ったのは売れないと判断された頭と右腕だけになった。 「毎度あり~」 「ああ」  トモグイは金銭を受け取らない。トモグイが殺人鬼を殺す為に買う装備と物々交換の約束なのだ。  ハコビヤは若くして商売人だ。おそらくトモグイが損をしているはずだが、トモグイは気にしていない。 「あ、そうだ。これはサービスです」  ハコビヤはそう言うと、一発の銃弾をトモグイに投げ渡す。 (俺が撃った弾数を知ってるってことは、見てたんだな) 「サンキュー」  トモグイはハコビヤから受け取った銃弾を早速自分の拳銃に入れた。 「その銃も買い換えた方が良いんじゃないですか?」  トモグイの愛用している拳銃はニューナンブM60という回転式拳銃(リボルバー)だ。  自動式拳銃(オートマチック)が存在するこの時代に、そんな旧式を使っている銃使いはトモグイぐらいだろう。 「これは俺が警察官時代から愛用してる銃なんでな。変える気はねえよ」  ニューナンブM60は通常の回転式拳銃とは違い、装弾数が五発しかない。つまり、連射性能が低いのだ。  世界一平和な国と言われている日本の警察官が使うには十分かもしれないが、連続殺人鬼であるトモグイが使うには些か不十分だろう。 「まあ、無理強いはしませんが」  無理強いはしないとハコビヤは言ったが、本当は無理やりにでも変えさせたかった。だが、それをすればトモグイは怒るだろう。  別の拳銃を渡してもニューナンブM60を使い続けるだろうし、ニューナンブM60を取り上げて別の銃を渡そうとすれば、それこそ撃たれかねない。 (その銃で勝ち続けられればいいんですがね……)  今は無理を通す時ではないということだ。 「それじゃ、私はこれで」 「ああ、助かった」  トモグイはテツワンの顔とにらめっこをしながら、もう一人の待ち人を待っていた。 「やあ、お待たせしたかな?」  帽子を目深に被り、金髪の髪を隠す長身の優男がトモグイに笑いかける。 「お前の方が先に来ると思ってたんだがな。オトサタ」  オトサタと呼ばれた男は、トモグイがにらめっこしていたテツワンの頭を掴むと、自分の顔の前に持ってくる。 「へえ、ハコビヤの方が先に来たのかい?」  オトサタがお道化るのを、トモグイは鋭い目をして牽制した。 「お前なら、俺がテツワンと闘っていた時、ハコビヤがどこにいたのか知ってるんじゃないのか?」  やがて、興味を失ったのか、テツワンの頭をポイと放り投げる。 「ああ、知ってるよ。でも、教える気はない」 (彼女の恋路の邪魔すると後が怖いからね)  オトサタは、トモグイの戦闘をハコビヤが見ていたのを知っている。だが、それをタダで教えるのは、情報屋としてありえなかった。 「……そうか」  トモグイの方もそんな必要のない情報を買う気はなかった。 「で、何が聞きたい?」 「連続殺人鬼、クビガリの情報」  オトサタは、ピクリと眉を動かす。 「これはまた、大物狙いだね」  トモグイは連続殺人鬼しか殺さない。故に、相手は常に同格か格上が相手になるのだ。 「狙えない相手じゃないさ」 (まあ確かに、今の君なら勝機はあるか……)  オトサタも、大事な商売相手を下手に減らすようなことはしたくない。特に、トモグイは常連客なのだ。 「連続殺人鬼、クビガリ。歳は六〇~七〇。武器は日本刀。殺害方法は首を一撃で刎ねる。今までの殺害人数は三人」  トモグイは、オトサタが言ったことを素早くメモする。 「なるほど、なら日本刀が必要になるな」  スマホを操作し、ハコビヤにメールを送る。 「報酬に、俺の情報を流しといてくれ」 「ああ、それはもちろん」  オトサタもトモグイから金銭を受け取っていない。トモグイの個人情報を売るのと物々交換なのだ。  情報屋は情報の鮮度と正確さ、そしてそれ以上に、信用がものをいう世界だ。本来なら、客の情報を流すのはルール違反だが、トモグイは報酬代わりにそれを許していた。  トモグイは、民間人を危険に晒さない。その上で、連続殺人鬼を殺す。いわゆる義賊なのだ。  それ故にファンも多く、トモグイの情報が欲しいという人は多かったので、オトサタもありがたかった。 「それにしてもトモグイは金銭欲がないね」  トモグイは連続殺人鬼としてはほとんど出費していないが、同時に収入もない。元警察官ということで、多少の貯金はあるが、何十年も暮らせるものでもなかった。 「いつ死ぬか分からないからな。無駄な金があっても、相続人もいないしな」  トモグイには家族がいなかった。両親はトモグイが連続殺人鬼になったのを悲しんで自殺した。 (もう少し生きていれば、俺が英雄になった姿を見せられたんだがな……)  トモグイも、両親と確執があったわけではない。むしろ、母とはかなり仲が良かった。 (悪人を殺しているのだから、俺のやっていることは正義だろう)  故に、トモグイには両親の自殺した理由が分からなかった。  翌日、トモグイは自分の部屋で荷物を待っていた。  大量の書類が山積みになった机で、トモグイはパソコンを使っていた。  見ているのはトモグイに関する書き込みサイトだ。  そこにはトモグイを英雄と崇める者も、ただの連続殺人鬼だと罵る者もいた。 (やはり活躍が足りないか、万人に受け入れられるには、民間人の被害を出すわけにはいかないしな……)  考え事をしていると、呼び鈴が鳴る。 「来たか」  ドアを開けると、ハコビヤが立っていた。 「意外だな。三下に任せると思ってたよ」 「いえ、貴重なものですから」 (せっかくトモグイさんの家にお邪魔できるチャンス、逃してなるものですか!)  トモグイは玄関でハコビヤの持ってきた包みを開け始めた。 「ちょっと、こんなところで――」 「大丈夫、模造刀だと思われるさ」  まずは刀身を確認する。日本刀は美術品としての価値が高いため、拵えなども立派なものだが、トモグイは全くの無関心であった。  ちなみに、ハコビヤはトモグイの為に、一番いい日本刀を用意していた。 (刃毀れ、歪み、錆、その他異常なし……大丈夫だな)  実用に耐えられることを確認すると、素早く刀身を鞘に仕舞う。 「ご苦労。じゃあな」 「あ、はい……」  トモグイはドアを閉め、自分の家に入る。  ちなみに、トモグイはハコビヤにお茶すら出していない。 「まったく、常識のない人です……」  ハコビヤはトボトボと帰っていった。  一方、トモグイはドアスコープからハコビヤが帰るのを覗き見ていた。 (ハコビヤに家を知られたし、引越すべきか?)  別にトモグイはハコビヤを疑っているわけではない。ただ、信用していないだけだ。  ハコビヤを家に入れず、玄関先で検品を済ませたのもそういう理由だった。 「さてと……」  ハコビヤはスマホを操作し、オトサタへ電話をかける。 『やあトモグイ。昨日ぶりだね』 「いきなりだが質問だ。クビガリはいつ動く?」 『ちょっと待ってね』  パラパラとページをめくる音が電話越しに聞こえてくる。 『ちょうど今夜動くかもよ?』  トモグイはニヤリと笑みを浮かべ、オトサタに指示を出す。 「詳しい情報をくれ」
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