悪英雄

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第九章 共喰い  ハコビヤは口から血を滴らせながら、微笑んだ。 「あなたの……役に立てて……良かった」  ハコビヤはトモグイの腕の中で、幸せそうな顔で眠りについた。  トモグイは泣いていた。 (俺は英雄なのに、助けられなかった……)  トモグイは自暴自棄になっていた。  英雄は、民間人を危険に晒さない。正確に言えば、ハコビヤは民間人ではないのだろう。だが、大切な仲間でもあった。英雄ならば、仲間を守るのは当然だ。 (俺が一人で戦えばよかったんだ。ハコビヤが戦闘に向いていないのは、知っていたのに……)  トモグイがハコビヤの死体を抱えて一人考え込んでいると、センパイが走って公園へ入って来た。 「トモグイ。これ……お前がやったのか?」  おそらく、転がっているサキヨミとトモグイの腕の中で眠るハコビヤのことを言っているのだろう。  トモグイは、ハコビヤのトランクから拳銃を取り出す。その拳銃は、トモグイと同じニューナンブM60だった。 (こんなところまでお揃いにするとはな) 「動くな!」  センパイが拳銃を構えるが、トモグイは構わず拳銃の引金に指を掛ける。 「最後の戦いだ。センパイ」  トモグイが憑き物が晴れたような笑顔でそう言った。 「残念だが、お前に付き合っている暇はない」  センパイがそう言うと、ちらほらと警察官が集まり始めた。  あらかじめ、センパイの服には発信機が付けてあり、トモグイと会った時はすぐに他の警察官に分かるようになっていたのだ。 「そうか。俺と一対一(タイマン)は嫌か」  トモグイは空を仰ぐ。その表情は見えないが、右手でコートの内ポケットを探っていた。 「なら――」  左手にはハコビヤの拳銃。右手にはトモグイの拳銃だ。 「まとめてかかってこい」  静かで、決して声を張ったわけではない。にもかかわらず、それはよく響いた。  トモグイのその言葉を皮切りに、警察官たちがトモグイに向かって突撃していく。  ある者は警棒を持ち、ある者は刺股を構え、拳銃を構える警察官もいた。発砲許可も下りているのだ。  トモグイは、今までに培ってきた全ての技術を用いて戦った。  警察官時代に鍛えた空手、剣道、柔道だけでなく、連続殺人鬼たちと渡り合って来た実戦経験。  その全てが、今のトモグイの糧となっていた。  トモグイの基本装備は右手に拳銃、左手にナイフだ。だが、今回は二丁拳銃だった。  前述したガン=カタという武術がある。先程までは一丁の拳銃だったが、ガン=カタは本来、二丁拳銃で行うものなのだ。  トモグイはなるべく弾を温存して戦った。拳銃のグリップで敵を気絶させたり、蹴りで気絶させたりをメインで使用していたのだ。  センパイには分かった。トモグイはセンパイとの一騎打ちに備えて弾を温存している。だが、それだけではない。 トモグイは民間人を危険に晒さないという自分ルールを守り切るつもりなのだ。 致命傷を与えないように銃を撃つのは難しい。元々銃は、人を殺す為に作られた道具だからだ。 しばらくすると、何十人もいた警察官が全員倒れていた。公園内で立っているのは二人だけ、トモグイとセンパイだ。 「じゃ、殺ろうか、センパイ」  センパイも拳銃を構えて駆け出した。合わせてトモグイも駆け出す。  当たり前のことだが、銃の命中率は近づけば近づくほど上がっていく。  センパイの腕、肩、足に弾丸が命中する。  だが、センパイの勝ちだった。  トモグイの胸に弾丸が命中した。  トモグイが後ろに倒れ込む。  センパイは慎重に距離を詰めていく。 (致命傷だ。もう息はないはず……)  センパイは片手でトモグイの脈を確認する。  脈は止まっていた。  トモグイは死んだのだ。  だが、センパイは違和感を覚えた。 (こいつ、何で笑ってやがるんだ?)  トモグイ捕獲作戦。そう名付けられ、決行された作戦は、死者こそ零名だったものの、重傷者二名、軽傷者十五名と、甚大な被害をもたらした。  無事、連続殺人鬼トモグイは射殺され、世界に平和が戻った。  トモグイを射殺し、連続殺人鬼ハラサキを逮捕したセンパイは警察の英雄として持ち上げられていた。  センパイは病院の屋上で煙草を吸っていた。  トモグイを捕まえるまでは吸わないと禁煙していたのだ。  トモグイを殺してからというもの、センパイはトモグイの最後の表情のことばかり考えるようになった。  そして、最近やっと自分なりの答えが出た。 (トモグイ、お前……死にたかったのか?)  仲間に裏切られ、自分を想ってくれていた人が自分を庇って死んだ。死にたくもなるだろう。  だが、彼は英雄を謳っていた。英雄が自殺するのは格好がつかない。  だから、英雄らしい死に方を選んだのではないだろうか。  そう、討ち死にだ。  どんな英雄も必ず誰かに討たれ、英雄を討った戦士が新たな英雄となる。そうやって英雄の歴史は繰り返されてきた。  センパイは自嘲したように笑う。 「トモグイに後を任されたわけか。参ったな、そろそろ引退なんだが」  センパイが懐から拳銃を取り出す。  トモグイが愛用していたニューナンブM60だ。  センパイは煙を吐き出す。  煙は天へと昇って行った。
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