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初めてのキスが忘れられない、と言ったら爆笑された。
「アンタ、それいつのことだっけ」
ゲラゲラと笑う駒子を恨めし気に見て、私はぽふっとクッションに顔をうずめた。
「小学校……」
自分でも、ませてるなとは思う。
たまたま二人きりになった体育館裏で、夕日を浴びながら交わした軽く触れ合うだけのキス。
その後、付き合った彼氏がいないわけじゃないんだけど、なかなか長続きしないんだよね。
心の中でため息をつく。
友人の駒子が結婚前に一緒にの飲もーよと誘ってきて、一人暮らしの私のマンションに来たまでは良かったのだが、いつものようにのろけ話につき合わされいつの間にか、初めてのキスの話になってしまった。
「駒子はいいよね、もうすぐ結婚だもんね」
「うらやましーでしょ。美冬もそんな昔の事引きずっていないの!」
バンバン私の背中とたたく駒子。もお酔っぱらってるな。軽く睨んだけれど駒子は全然意に介さず、ふっと
「ん、そーいえば今度の土曜日、同窓会って言ってなかった?」
私が今すごく気にしていることを話題にだした。
そう、実は行こうかまだ迷ってるんだけど。
「行っておいでよ。もしかしてその初恋の彼氏が来てたりして。案外カッコ悪くなって、幻滅するかもよ。そしたら心置きなく次の恋をはじめられるじゃあーん。行ってこーい!」
その勢いに押されて、同窓会行こうかなと私は思ったのだった。
実際来てみると、久しぶりの再会に気恥ずかしさが先立ってしまって、私はなかなか彼を見つけられないでいた。
こんなに人が多い中から、彼を見つけられるなずないよね……。しかも、もう面影なんてないかもしれないんだし。
半ばやけくそになって、食事に徹することにする。
と。私の皿からごま豆腐が姿を消した。
ええっ。大好物だから取っておいていたのに。
愕然としていると、横から含み笑いが聞こえた。
いつの間にか私の隣に男性が座っている。口をモグモグさせて。
「って、もしかして人のごま豆腐食べたりしましたっ?」
「うん、ごちそうさま」
彼はさらりと言ってから、にやりと笑うと、
「食べかす」
と言って私の口元を親指で拭った。
甘いしびれが私の背中を這い上がる。
突然のことにかああっと赤面してしまったのが自分でもわかった。
こ、この人いったい何なのよ—?
熱を帯びた両頬に思わず手をあてて、
「人のものを横からかすめ取るなんてひどいと思いますっ」
と抗議しているうちに、
「おい、司」
と呼ばれ、彼は席を立ってしまった。
もぉ、なんて失礼な人なの。プンプンしていたら気が付いた。
つかさ?司……。
アッと声をあげて私は立ち上がっていた。
彼だ!
「司君、カッコ良かったね。なんでもわざわざ九州から泊りがけでこの同窓会にきたんだって」
思わず聞き耳を立ててしまう。
「なんか本気を感じない?」
「やだ本気って」
きゃあきゃあしている同窓生を横目に、すこし離れた席に座る司を見る。
たしかに、さらさらの黒髪にすっと伸びた鼻梁。笑うと出来るえくぼが印象的で、嫌味なくらいカッコイイ。
「ね、待って」
腕をつかまれた。
振り返ると、司が私の腕を握っていた。
「何?」
心の中では動揺しまくっていたけれど、表情に出さないように気を付ける。
「明日、帰るんだけど、それまで付き合ってくれない?」
彼が唇を舌で湿らせながら少し伏し目がちに言った。
「う、うん。いいよ」
もー!このごま豆腐泥棒!って心の中では叫んでいたのだけれど、わたしはオッケイしてしまっていた。
「この神社、ひさしぶりだな。あ、お守り買おうよ」
ずんずん歩いていく彼。私は追いかけるのに必死だ。
普段はスニーカーの私が意識しすぎてパンプスなんか履いてい来たものだから、玉砂利が足の底で邪魔をして普通に歩けない。
おまけに靴擦れで私は散々な気分だった。
なんで付き合うって言っちゃったんだろう。
思わず後悔のため息が口をついて出る。
「水晶のお守りだって。携帯につけようか。ほら」
見るとそれは太陽の光を反射して本当に綺麗だった。水晶の下にちょうちょ結びの飾りとビーズがあしらってあって可愛らしい。
遠慮しようか迷っているうちに、司は支払いを済ませてしまっていた。
「あ、ありがと」
「お揃い、な」
見ると司も同じ包みを手にお守りを取り出して、早速携帯に結び付けている。
「ほら、ケータイ貸して」
あっという間に私の携帯にもお守りが結び付けられた。
お揃いになっちゃったよ……。
恥ずかしさとにやける口元を隠したくて手で隠した。
そんな私のことを司がじっと見ていて。
「な、何?」
「別に」
こっちが聞いているのに答えないで、プイとそっぽを向いた彼に腹が立った。
何よ! もう。
それでもついチラチラと司を気にしてしまうのは、
初めてキスしたあの時の事、司は覚えてるかな?
と気になって仕方ないからだ。
たったそれだけの事。数っと昔のこと。もう、忘れているに決まってる。
司はこんなにカッコイイんだもの。たくさんの女性と付き合ってるんだろう。
もしかして、今だって彼女がいるかもしれない。
もう十数年前にもなるキスの思いでにとらわれている私が馬鹿なんだ。
そう考えていたら段々、泣きたくなってきた。
楽しい時間はすぐに過ぎ去ってしまう。神社に行って、近くのショッピングモールをぶらぶらして。
ホントにあっという間。
夕暮れから夜に時間は移り変わろうとしていた。
街灯の灯りが一つ二つと増えていくのを二人で見ていると、
「あ、まだあれに乗っていなかったな」
と、彼がショッピングモールに併設された大きな観覧車を指さした。
「乗ったら二人きりだよ。彼女さんに悪いよ」
と私が言うと、司は急に真顔になって、
「俺、彼女いないよ」
ぼそり、と言う。
肘と肘がくっつきそうになるくらい近くで彼が言うものだから、私は落ち着かない気分になった。
嘘ばっかり、と笑ってしまいたいのに喉の奥になにかつかえたようになってしまって、
「そう」
としか言えない。
順番がきた。二人してゴンドラに乗り込む。
向かい合って座ると膝小僧がぶつかるくらいに狭い。
ええっ! こんなに狭いの?
焦っていたら、司がニヤッとして深く座りなおした。司の膝が少し離れて私はホッ。
「からかったでしょ」
睨みながら抗議するともう我慢できないといった風に噴き出した。
「美冬、純情だねぇ」
な、涙まで出るくらいおかしがってる?
「私で遊ばないでよね」
「ごめん、ごめん」
そう言って、私のこと上目使いに見てきた司の瞳。軽い言葉と裏腹に真剣な光が宿っているのに、気が付いてしまった。
「この辺りも変わったよな」
「……うん」
「俺がいたころは田んぼばっかだったのに」
「……うん」
夜景が遠い。いつの間にか一番高いところまで来ていた。
ゴンドラの窓ガラスに映る司の横顔をじっと見つめる。
沈黙。
あと少ししたら彼は飛行機に乗って九州に帰ってしまう。
そして明日からはいつもの、司と、別々に別れた日々が始まるんだ。
「……てる?」
彼の声があまりにも小さかったので、え? と聞き返した。
「覚えてる?小学生のガキの頃」
彼の指がゆっくりと私の唇をなぞった!
私はピキーンと凍り付いてしまう。
司、覚えていたんだ。私と同じように?
「な。何だっけ」
私が目をそらしてごまかすと彼はさっと表情をこわばらせて、手をひっこめた。
いったん荷物を取りに司の泊まっているホテル」まで引き返した。部屋の前まで来て、司が
「入る?」
と親指で部屋の扉を指さした。
思わず力いっぱい首を横に振ってしまった。
司は苦笑いとともにため息をつく。
「わたしロビーで待っているから、用意が出来たら降りてきて」
エレベーターを待つ間も、ロビーのソファで待っている間も、私後悔していた。
あの時、部屋にはいればよかったかも、って。
駒子ならチャンス到来とばかりに入っただろうか。
私、チャンスを逃したなかな。司と両想いか確かめるチャンスを。
空港の搭乗口前で私たちは向き合っていた。
「今日は付き合ってくれてありがとう」
彼が右手を差し出す。
「どういたしまして」
この手を握ったら、彼は行ってしまう。
涙で視界がぼやけた。
さよなら。私の初恋。
手を握り返そうとしたら、グイッと、身体を引き寄せられた。
その勢いのまま、くちづけ。
え? くちづけ??
呆然とすると、彼は私のこと甘く睨んで、
「いい加減、好きだって告白しろよ」
と囁いた。
三月の終わり。私はベランダに出て、携帯とにらめっこした。この数カ月何回も繰り返してきた動作だ。
アドレスを開いて司の番号を開く。
キキーっとトラックのブレーキ音。下をのぞくと、引っ越しのトラックが止まっている。
もう春だもんね。誰かが引っ越してくるのかな。
えい。
目を閉じて、画面をタップする。
発信音。
とうとうかけちゃったよ。
両手で押し頂くように携帯を握り締める私。
「おい」
「は、はい!」
携帯を耳に当てる。
あ、あれ?
今、下から声が聞こえたような……。
ベランダから思わず身を乗り出した。
「司?」
「お前何カ月俺をほったらかしにする気だ。ばーか」
なかなか電話する勇気が出なくて、つい……。
慌てて階段を駆け下りる。
そう遠い距離じゃないのに胸がドキドキして足がもつれそうだ。
「春からこっちに転勤になった。こいつの効き目かな」
久しぶりの司の笑顔。
涙が出そうなくらい嬉しいよ。
司がジーンズの後ろから携帯を取り出して見せる。
携帯に付いた私とお揃いのお守りがキラリと光を受けて輝いた。
<了>
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