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昔、俺たちがまだぎこちなかった頃、遊園地の観覧車で七瀬みくるは言った。死ぬなら春の海がいい、と。
――じゃあ生きるなら?
俺は今の七瀬にそう聞いてみたい。
生きるならどこがいい? 誰とがいい? どうやって生きたい? 俺らの人生ガチャはどこまでもツイてなくて、持っているカードはこれだけしかないけれど、二人合わせたらちょっと増えるんじゃないかな。
今ならきっと前向きな未来のカードも選んでゆける。
駅前の歩道橋を渡っている最中に、階下のロータリーに七瀬みくるらしき人影が見えた。彼女は今にも駅の構内に入ろうとしていた。
走っていったらきっと間に合わない。その間に電車がついてしまったらきっと七瀬みくるは行ってしまう。
あの日のように、行ってしまう。
「七瀬!」
俺はありったけの大きな声で彼女に向かって呼びかけた。
彼女が立ち止まるのが見える。
その隙に俺は歩道橋を二段飛ばしで駆け下り、彼女に追いついた。
「七瀬みくる先生」
息が上がって苦しい。俺はとぎれとぎれにその小さな背中に向かって言葉を紡いだ。
「あなたの、大ファンの、者ですが。といってもまだ、読んでないんだけど」
おどけていうと、七瀬の背中がびくんとはねた。
その前に回り込む。
七瀬みくるはうつむいている。その表情は読めない。
「なんで帰っちゃうんだよ。約束したじゃん」
俺がつとめて明るく言うと、七瀬は俺から顔をそらしたままごめんなさいと謝った。
「まさか約束を覚えてると思ってなくて」
「まあいいよ。追いついたし。探しても全然見つからないから七瀬こそ忘れてると思った」
「忘れるわけない!」
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