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「小村くん」
ちょんちょん、と背中をつつかれたとき、最初は自分が話しかけられているとは思わなかった。俺はこの五年間ですっかり野々宮隼になっていて、話しかけられてもわからないくらい小村という苗字は俺の中で風化していた。
「ねえ、小村くんてば」
もう一度話しかけられて俺は慌てて振り返る。
そこにいたのは中学三年の時の同級生で、でも当時はまったく話したこともない子だった。確かいつもハブられている七瀬の話し相手をしていたお人好しの女子だ。
「久しぶり。何か用?」
「あの、これ小村くんがいたら渡してほしいって頼まれて……あれたぶん七瀬さんだと思う」
そう言って、彼女は俺に大きな茶封筒を差し出してきた。
七瀬さんという単語に俺の心臓はにわかに暴れだした。封筒を受け取る手が震える。
中のものを取り出すと、それは一冊の本だった。
普段本を読まない俺でも耳にしたことがある大手出版社のレーベルの文庫本で、「この春一番泣ける恋愛小説」という帯がついている。
「あのさ、七瀬って今どうなってるか知ってる?」
「ごめんわからない。高校違うし連絡もとってないから。え、それなに、七瀬さんが書いた小説?」
彼女の言うとおり作者名は「七瀬みくる」となっていた。
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