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【Act.06】
「ヒナちゃん、それ以上、言いなさんな」
オトコに舐められた耳とは違う、反対側の耳にやんわりと窘めるように響いた声。
さっきよりも低く、何処か楽しそうで、そして、何故か耳にしっとりと馴染む。
私の肩に乗っているその声の主を見ると、カラーグラス越しに片眉を上げてニヤッと不敵に笑っている。
「誰だ? オマエ?」
オトコが、いきなり現れた綺麗顔のおにぃさんを怪訝そうに見て言う。
「さーて……誰でしょ?」
掛けていたグラスをスッと外し、片眉を上げて人を食ったような顔を見せる。
その瞬間、オトコが「えぇぇっ……?!」と小さく驚く声を零して、めいいっぱい目を見開いた。
そして、偉ぶっていた顔が見る見るうちに青ざめて行く。
その表情の移り変わりは、まるでこの世の物とは思えないモノでも見たかのよう。
開いた唇が震え出し、泡を吹かんばかりに頬をヒクヒクと引きつらせ、彼を食い入るように見る目を瞬かせている。
「そう言うコト。 だから、大人しく手ぇ引いてよ、ね?」
彼お得意の同意を促す「ね?」を言うや否や、慄くように「……ひゃっ!」と素っ頓狂な声を上げ、信じられない、と言う目を私に向けて何か言い掛けようとした。
けれど、おにぃさんの笑いながらも鋭い眼光がその声を押さえつけているのか、ゴクリと言葉を飲み込んで、あれだけしっかりと私の身体をホールドしていた腕を意図も簡単に解いた。
そして、追って来ないようになのか、私の身体をおにぃさんに押し付けるように突き飛ばした。
意に反して、背中を預けると耳元で「大丈夫?」と言いながらクスクスと笑う声。
いったい、何が起こったのか、状況が目まぐるしくて処理が追いつかない。
でも、取り合えず助けて貰ったのは明らかだから「あ……りがとう」と言って身を起こそうとしたのに、私のお腹に回した腕を解こうとしない。
それどころか、背後を取ったのをいい事に首筋を擽るように顔を近づけて言う。
―― じゃ、お礼にオレとデートしよ、ね?
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