Chapter.01 カモ

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【Act.09】 男の名前は、オカジマ・ケント。 自称・ヘアメイクアップアーティスト。 時間は取らせないから化粧品についての簡単なアンケートに答えてと、タブレット片手に声を掛けられたのが、【アッキー】と連絡が取れなくなって1ヶ月が経とうとしていた去年の9月の事だった。 それが、私の転落への第一歩。 だけど、足を滑らせた悪夢の始まりだったのに、八重歯を見せ、目尻を垂らして笑う人懐っこい笑顔と小気味良く返してくる軽快な受け答えが、その時の私には、救いの手に見えた。 関西出身だと言えば、自分のイトコも京都に居るといい、一人暮らしで寂しいだろうと気遣う言葉を掛けられ、そして、友達がいないと嘆くと、もう友達だと言ってくれた。 そんな、軽いノリの口調が私の萎んだ心の隙間にスルリと入り込んだ。 『ヒナちゃんって、美人さんなのに関西弁のイントネーションになると超可愛い! アンケートだけでお別れすんの、すっげぇ、やだ! もっと、話したくない? ねぇ、話したいっしょ?』  過剰なリップサービスだと思った。 けれど、自信を失っていた私には、その言葉が萎んだ心を膨らませてくれる魔法のように聞こえた。 世の中、悪い事ばかりじゃない。 この人は、私の事をちゃんと見てくれる。 話をたくさん聞いてくれる。 笑ってくれる。 笑わせてくれる。 今思えば、ケントはただ話を合わせていただけ。 なのに、弱った心は都合良くそう解釈した。 カモにされているなんて、微塵も思わなかった。
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