Chapter.01 カモ

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【Act.12】 ケントは、急いで戻って来たようで、肩で息を整えながら、少しばかり笑顔を引きつらせ 『まだ帰らないでよー! 俺にバイバイも言わずに帰るつもりなの、ヒナちゃん?』 と、さっきまで女性スタッフが座っていたキャスター付きの丸いチェアに座ると、いきなり私の右手を両手で握り、マッサージし始めた。 「血行を良くしてる」と、ゆっくりと私の指を根本から先へ、一本一本握り締めながら引っ張り、時折、故意なのか上目遣いに微笑みながら視線を合わせる。 その私の心を擽るような視線と血流の良くなった手の先の温もりが相まって、頬まで熱くなった。 そして、女性スタッフが持ってきたネイル道具一式の中からホットタオルで指先を温め始めると、甘皮をふやかす合間を見計らってケントが話し出した。 『ヒナちゃんって、どんな夢があんの?』 いきなり【夢】と訊かれて、咄嗟には出て来ず。 するとケントは、クスッと笑って『俺の夢、聞いて貰っていい?』と言うと、こちらの返事も待たずに話し出した。 『俺の夢はねぇ、この会社を大きくする事。 まだね、日本では全然メジャーじゃないから。 でも、美容業界ってさ、先の先を見据えて動いてるんだよ――』 YouTubeで有名らしい美容専門家や、パリコレの第一線で活躍している外国人のメイクアップアーティストの名前を並べ、私がおススメされている商品をその人たちがワザワザ韓国に足を運んでまで買いに行くのは、本物の証拠だと言う。 今、それが彼や彼女たちによってSNSを通じて口コミで広がりつつあるらしく、海外セレブの間で話題となっている。 そうなると手に入らなくなる可能性が非常に高いから……と。 でも、ケントと出会った私はラッキーだと言われた。 それは、このお店自体がその化粧品を作っている企業の日本出店第1号店だから、会員登録さえすれば優先的に供給されて安心らしい。 と……ケントの夢の話がいつしか、商品PRにすり替わっていた。
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