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【Act.13】
少し考えれば、そんな旨い話があるわけない。
今のあたしなら、耳も貸さずに鼻で笑うような陳腐な作り話。
でも、その時の私は、世間の冷たさと自分自身の無力さに打ちひしがれ、本当はライトが瞳に映ってキラキラしていただけなのに、夢を熱く語る彼が凄く素敵に見えた。
そして、魔法のような言葉で決定打を打たれることになる。
『ヒナちゃん知ってる? 世界には人が70億人居るんだけど――」
1人が生涯出会う人の数は、3万人。
そのうち、学校や職場なんかの近しい関係になるのが、3000人。
親しい会話が出来るのが、300人。
友達と呼べるのが30人。
親友となるのが3人。
「―― 出会う人に限りがあるなら、今日、俺とヒナちゃんが出会ったのって、すっげぇ奇跡じゃん。 そんな奇跡を今日だけにするって有り得なくない? 俺さ、正直……正直に言うけど……」
パステルピンクのネイルを塗る手を止め、少し恥ずかし気に口端を垂らして一度、言葉を切った。
そして、少し声を落とすように私に身を寄せると、上目遣いを見せてこう言った。
「ヒナちゃんを俺の手で、もっと綺麗にしてあげたい」
その言葉とそのはにかんだ表情に、弱っていた心をむぎゅっと捕まえられた気がした。
「でもさ、俺がまじでそう思っても、一応、ここの社員じゃん。会員じゃない子をここに連れて来て綺麗にはしてあげられないんだよね」
「会員になれば……会える?」
そう口走ってしまった私をケントは見逃さなかった。
塗り終わった私の手を取ると、グイッと引き寄せ、手の甲に唇を近づけた。
そして、UVライトでしか乾かないジェルなのに、フーッフーッと息を吹きかけ、頬を上げて意味深に笑い掛けると、こう言った。
―― いつでも、ヒナちゃんが会いたいって思ったらね
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