シバンムシ

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 慣れてくると、余裕も生まれます。  一月もすれば、私は部屋の全体図がわかるようになってきました。広さは十畳ほど。部屋の奥に文机と燭台。その左右に書棚が三つずつ。  書棚に並ぶ書冊は所々隙間が空いていて、いつも足元に乱雑に散らばるそれら。不思議なのは、私がいくら書冊を片付けようとも、翌日になると足元に散らばっていることです。あれにはまいりました。あの部屋を任されているのは私一人です。他に出入りするのは奥様と一部の家人くらい。ですが、奥様たちが書冊を乱雑に扱うとも思えません。  きっとお屋敷の、他の奉公人たちが私に嫌がらせをしていたのです。ええ、間違いありません。だって、いつもあの、ねっとりと…じっとりとした目で私を見てきて。みんな気味が悪いったら。  私が話しかけようとすると逃げるんです。そしてこちらを見てコソコソと陰口を叩くあの様。  私が奥様から大事な仕事を賜っているから、きっと嫉妬していたのでしょう。本当に鼻持ちならないっ! 他の奉公人があんなのばかりだから、奥様は新しく私を雇ってくださったのだわ。    …失礼いたしました、お見苦しい。  え? 仕事をする上で困ったことはなかったか、と。  そうですね、よく虫に噛まれました。初日に、騒めきを聞いたと言いましたが…やはりあれは虫だったようです。書斎に入りますと、たびたびあの音を聞きました。  ちょっと嫌な音ですよね。  ――ざわわっ。  まるで人の囁きのよう。それで書冊を整理していると、指先に痛みが走ることがあるのです。手の上を這いまわる小さな感触も。 書斎を出てから自分の指を認すると赤く腫れていて。細長く円を描いた、その縁に沿って小さな針で突き刺したような。  多い日は五か所ぐらい噛まれたこともあります。ある日、他の奉公人にその噛まれた痕を見られて…彼女、こう言ったんです。  「まるで、人の歯型みたい」  ええ、私は取り合いませんでした。だって彼女は私に意地悪をする一人でしたから。いえ、特別なにかをしてきたことはありません。ただ、いつもコソコソと…。    でも悪い事ばかりではないのですよ。  だって…そうやって私が傷を負うと、若様が手ずから傷の手当てをしてくださるのです。  いえ、その。これは奥様には内緒にしてください。やはり、恐れ多い話ですから。
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