シバンムシ

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 まあ、お客様でいらっしゃいましたか!  失礼いたしました。この通り、目隠しをしておりまして、お客様の姿を確認することができません。  私は(かさね)と申します。八雷屋敷に雇われて、こちらの離れの掃除を担当させていただいております。  はい、仕事は常に目隠しをして行います。それが決まりです。いいえ、慣れてしまえばたいしたことはございません。最近は躓いて転ぶこともなくなりました。  ところでお客様の御用件はどのような? 若様は今、不在にしておりますが。  私の話が聞きたい? はあ、こちらに奉公してからの。   ――まあ! 奥様がこちらに係りきりになっている私を心配してくださっているのですね。今後の奉公の参考にもしたいと。このような下女中(げじょちゅう)にまで気をかけてくださるなど、ありがたい話でございます。わかりました。  とはいえ、私ごときの話がどれほどお役に立てるかわかりませんが…。  私がこちらの八雷屋敷に参りましたのは昨年。京の町で疱瘡が流行し、金剛峯寺で火事があるなど大変な年でございました。家族は私を残して全員病にとられ、十三にして身寄りをなくした私は、お救い小屋で同じ境遇の方々の世話をしながら、たつきを探しておりました。その折に、こちらの奥様が声をかけてくださったのです。聞けば八雷屋敷では長く務めた奉公人も先の病で亡くなり、急ぎ代わりの者を探しているのだと。  「お前は死に近くありながら、悲観せず前に進む力のある者だ」  私を選んだ理由について、奥様はそう語りました。  家族を亡くしながら、他の者の面倒を見ることのできた私ならば、と。  住み込みの仕事と聞き、身寄りのない私はその話に飛びつきました。  ――そういえば、奥様にはお会いになられましたか?   私はあれほど綺麗な方を見たことがありません。輝くような美貌とは、あのような方を言うのでしょう。私はあの方に声をかけられただけで、その恐れ多さに身が竦むようでした。
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