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妹。
「実家なんだけどさ、妹がいるのよね」
この前までシェアハウスのルームメイトだった直美からの電話。
ルックスも勉強もいまいち。ファッションセンスはゼロ。最近は、メガネを超ダサいトンボメガネに替えていた。
「私に妹がいたなんて全然知らないの。亜紀は知ってた?」
「あんたが知らないことを、私が知ってるわけないじゃん!」
「だよね。でも両親も近所の人たちも、妹はいるって言うし、妹は私の目の前で『私のこと忘れるなんてひどい!』って泣き出すし。どうすりゃいいの?」
「とりあえず明日、様子見に行くから」
そう言って私は電話を切った。
――いい方向に事が転がりだした……。
私は思わずほくそ笑んだ。
直美の実家に着いたら、ご両親に直美のいない別室に呼ばれた。
お父様曰く――
「お電話でお話ししたとおり、娘は最若年性アルツハイマー型認知症でして。適当に話を合わせてあげてください」
「分かりました」
神妙な顔で頭を下げたが、私はあふれ出そうな笑顔を必死で抑えていた。
直美の部屋に行くと、私は1枚の写真を彼女に見せた。
私の元カレの写真だ。
「イケメンじゃない! 亜紀の彼氏?」
「ちがうの。大学の同級生の男子なんだけど、少し前から行方不明になっていてさ。みんなで探しているの。あんた、何か知らないかと思って」
「ごめん、全然知らない。会ったこともないし」
「そう。ありがとう」
これで確認終了&目的達成。
彼の名は西野達弘。私の恋人だったけど、いわゆるDV男。
この前、直美とルームシェアしていたあの家で、はずみで殺してしまった。
直美には遺体の処理を手伝ってもらった。達弘の遺体はもうこの世にない。
ショックを受けてヘロヘロになった直美は、「絶対に他の人に言わないから。秘密にするから」と言って、実家に戻った。
でも女の「絶対に――」ほど、当てにならないものはない。
実の妹のことを忘れている直美に何が起きているのか確認するためやって来たが、こんなラッキーな状態になっていたとは(ちなみに直美に妹がいることはもちろん知っている)。
「では直美さん、お大事に」
心にもない言葉を、直美のご両親と妹さんに向かって吐いてから、私は玄関を出た。
すると、妹さんが駅まで送りますと言ってついて来た。
「姉は最近、忘れっぽいからって、ウェラブルカメラ付きのメガネを掛けていたんですよ。スマホに全部、録画されていましたよ。あなたの彼氏の解体シーンが」
彼女はニヤリとすると、何かを欲しがるように私の目の前に掌を差し出した……
(終)
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