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いきなり、三等兵とはぐれた。
なにしとんねんと言いたいがここは戦場。気を抜いた先にあるのは敗北だ。
つまり杏奈三等兵は……。
灰は彼女が好きだった所に持っていこう。
不意に、視界の隅に動きを観測した。
視認できたのは幸運だった。
やはり──奴だ。
「ほあたぁぁぁ──ッ!!」
先制攻撃。完全なる死角からの強打。
これが並大抵の敵であればこの戦いはそこで終幕となっていただろう。
しかし、忘れてはならない。
奴らは、Gは、並大抵とは程遠い。
躱される。
奴らは正に神出鬼没。
ちょこまかちょこまかと縦横無尽に。マジシャンの手練手管の如く自由自在に。至る所に侵入し、身を隠す。ステルス性能もピカイチ。
足下に現れては椅子の下へ。テレビの裏へ。テーブル下。玄関。冷蔵庫。ソファ。かと思いきや再び足下。膝。太もも。腰。腕。肩。
肩? うぎゃあああああああああああああああああ!!!!
「杏奈あああああ!!たずげでぇぇぇ────!!!!」
──数分。格闘は続くも、なかなか捕まえられない。さっきの醜態は気にしないでおこう。
はっはっは……まあそうだわな。
ならば、やるしかあるまいよ。
封印を解く!!
右腕をさする。徐々にだが力が溢れ、身体が軽くなったようだ。さっきまでの自分はなんだったのか。錯覚でもしていたんだろうか。
滾る闘志をもって奴を睥睨する。
「はっ。さっきまでの俺とは思わないことだな……」
右手の剣を握り直す。
「行くぞ……ッ」
地を踏み抜き、加速。肉薄。振り上げ。
華麗に躱す奴の瞳が怪しく光る。
やるではないか、だがまだまだ。そう言っているのがよく分かる。
いいだろう、その安いプライドを身体もろとも潰してやる。
ギアを上げる。
二度目の加速──と見せかけ跳躍。右手の振り下ろし。感じる手応え。
致命傷とはいかずとも初のダメージだ。
これには多少こたえたのか、奴は先程までのキレがなくなった。ふらふらと着地し、俺を睨む。
「どうした? まだやれるだろ?」
俺の挑発に奴は翼を展開することで応じる。
飛行能力。
ついにその能力を解禁したか。第二ラウンドは熾烈を極めるだろうな。
俺の目線の高さまで上昇し、奴は言う。
『お主こそ』
「……言ってくれるじゃねえか」
第二ラウンド。
初撃は奴。狙いは目。
「甘い……ッ!!」
躱してすぐに斬り返す。そのつもりが、まさかの足元の水滴に邪魔される。
足を滑らせ、態勢を崩す。
そこを見逃してくれるわけもなく。
奴の強襲。次は右手。武器をどうにかしようという魂胆か。
「ふっ!!」
一息に後退。攻撃を躱すとともに態勢を整える。乱れる息を落ちつかせる。
正直楽しい。
永久に続けたいくらいだがそうもいかない。
杏奈が心配だ。探しに行かねばならない。
それを簡単に許してくれるような相手でもないため、決着を早める必要がある。
「なあ……そろそろ雌雄を決めないか」
奴も同感のようで頷いた。いい位置で滞空する。
奥義の前兆か。
大地が、大気が、家が震える。
神の悪戯か。
時計から十四時を告げるチャイムが響く。
最終のゴングが鳴った。
繰り出されるは奴の最速にして最強の特攻。
それに対して俺は、
「ブラッティ・スラッシャァァァァ────!!!!」
横に一閃。不可視にして必殺の一撃。両者の激突。雷鳴とともにソファが浮かぶ。
かなりの手応えを俺は感じていた。
それはどうやら正しかったようで、傍らには奴の、敗者の姿があった。
「ふう……」
やっと。やっとだ。
宿敵たる奴の撃破を成し遂げた。大佐が初の撃破と笑われようが構わない。
俺は勝ったんだ!!
それは紛れもない事実なのだからそれでいいじゃないか。
……と、そういえば。
途中ではぐれてしまった杏奈は無事だろうか。さすがに怪我とかはしていないだろうけど。
ちょうど三等兵の安否を心配していると、ガチャリと廊下の扉が開いた。
そこにいたのはやはり杏奈三等兵。
「どこ行ってたんだ?」
「二階だけど」
「お前なあ……」
「三匹撃破したんだからいいでしょ、別に」
薄々分かっていたんだがとんでもないことをさらりと言いのけ、無残な姿を晒す奴らを三匹とも俺に見せてくる。
ここが戦場と知っての狼藉か!! ……と言いたかったが止めておいた。
大佐がやっとのことで倒したのに、寄り道して三匹撃破とか……やっぱ杏奈さん半端ねえ。
しかもなれた手つきで処理して全く乱心しない。慣れすぎだろ。さすが毎年うちの八割を処理してるだけあるわ。俺の立場がないどころか、大佐交代じゃね?
「べ、別にお前がいなくても一人で撃破できますぅー!! 大佐の称号は渡しませんー!!」
「あっそ……」
「まあ、そんなわけで無事解決できたわけだ。G撃破祝いってことでこれから、勉強会としゃれこもうではないか。はっはっはー」
「……へー」
「あ、杏奈……?」
必死の情けない抵抗に杏奈は含みのある顔をころころと変える。
そして言葉を区切り、最終的にはなにか企みができたのか、悪役令嬢じみた悪い笑顔を浮かべた。
暑さによる汗ではない汗がじわじわと俺の身体中を下る。
な、なんか嫌な予感がひしひしと……。
「大佐なら全国模試も余裕よね、私が教えずとも。……じゃあ私帰るから」
髪を華麗に靡かせ、玄関に向かう杏奈。
ま、まずい……ッ!!
現実へと無事帰還できた、否、できてしまった俺は恥を忍んで頭を下げた。風を起こすくらいの猛スピードで。
「杏奈大佐ぁぁぁ──!! 今日からお願いしやぁぁぁ────っす!!」
今日から三等兵になるんでよろしくお願いします!!
「勉強教えてくだじゃ────い!!」
このバカで哀れな中二病を見捨てないでぇぇぇ────!!
自然と姿勢が土下座になる。もういっそ全裸にでもなってしまおうかとすら思っている三等兵こと俺です。
「アイスは?」
「奢りますんで!!」
「ジュースは?」
「何種類でも承りますんで!!」
「……と、泊まりは?」
「好きなだけ泊まっていいんで!!」
やはり、俺にとっても奴らにとっても、彼女こそが強敵なのだった──。
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