薔薇は咲く ※

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「来た」 「え、どこ?」 正面に見える入口のドアを見ていた仁斗が声を上げると、純輝も一徳も視線をあちこち彷徨わせて朝陽を捜すが、その姿はどこにも見当たらない。 「嘘つけって!」 純輝が抗議の声を上げると、仁斗は入口を指差し口角を上げた。入口の扉が開き、朝陽がゆったりした足取りで入ってくると純輝も一徳も驚いた顔で仁斗と朝陽を交互に見たが、仁斗は1年の月日に変貌した朝陽から目を放せずにいた。 ‘ ・・・花だ ’ 無機質な灰色の箱庭に、色鮮やかな花が咲いた。そこだけが灰色の中で夜露に光る花の様に色付いて見える。 昔と変わらぬ漆黒の瞳は強く輝きを放って、艶めく唇、朝陽の褐色の肌を引き立てる様にツーブロックから長めに伸ばされトップはアッシュゴールドに染められている。細身のダメージジーンズ、黒のパーカーの上に大きめのGジャンを羽織って大よそ金を掛けている様には見えないが、長い手足に極上のスタイルがそれをセンス良く彩っている。 「・・・何か・・しばらく見ない内に・・」 「・・エロくなったな・・」 仁斗が思っていたのと全く同じ事を2人が言うので、仁斗はプッと吹き出した。そんな3人に気付いた朝陽が、階下から見上げて笑うと、昔と変わらない可愛い笑顔に3人も嬉しそうに笑顔を見せた。 「悪い、遅れた」 部屋に入って来た朝陽が上着を脱ぐと、純輝は当たり前の様にそれを受け取りハンガーに掛ける。小姑の様な純輝が朝陽の世話を焼くのは昔は見慣れた光景だったが、それは今でも変わらないのだと仁斗は懐かしさに目を細めた。 「親父さんの所行ってたのか?」 「ああ、今日は調子が良さそうだった」 朝陽の父、宇田悠心が病に倒れたのは1年前だ。宇田組は千龍会の中でも古参の歴史ある組で、跡目を誰が継ぐかは千龍会でも度々話題に上がっていた。 「跡目はどうする?」 「しばらくはこのままお袋が代行する。その後は弟の崇が継ぐ」 「え?崇が継ぐのかよ?」 一徳が目を丸くすると、朝陽はグラスに入った酒に口を付けて ’ゲ、これ苦ぇじゃん’ と顔を顰めた。 「あいつは俺と違って頭もいいからな、組を纏めるのはああいう奴の方が向いてる」 朝陽はそう言うと、純輝が新しく持って来たグラスに口を付け、今度は満足そうに微笑む。 「椿さんも根っからの極道だな・・お前を組長に据えない辺り、分かってんねぇ」 「お前に組を継がせたら悠心の守って来たもんが滅茶苦茶だ!ってさ」 朝陽の母、椿は宇田組先代の一人娘だ。生まれた時から極道に囲まれて育った椿は腹の据わった女で、千龍会でも女衆を取り纏めているのは椿だ。 そして何より美しい女だった。高校を出た椿を誰が娶るか、千龍会で抗争に発展しそうになった話は未だに語り継がれている。悠心は先代の補佐を任された男で、椿が言い寄る権力者を足蹴に、悠心と夫婦になると、ヤケ酒に走る男達が店に金を落とし、女衆は多いに稼いだ。 「お前はどうすんだよ?」 それまで黙っていた仁斗が口を開くと、朝陽は面白くなさそうに仁斗に剣を含んだ視線を投げた。 「お前、昔俺に言った事覚えてねぇの?」 言った事など多すぎて朝陽がどの事を言っているのか分からない仁斗がまた黙ってしまうと、いよいよ朝陽は身を乗り出し真向かいに座る仁斗に顔を近付けた。 「お前の側にいろって言っただろ!忘れたのか!」 「・・覚えてる」 嘘ではない、覚えている。だが、それを朝陽が本気で守ってくれるとは思っていなかったのだ。跡目を継がないなら堅気になれる道だってあるのに、よりによって千龍会という大きな看板を自分と共に背負ってくれるとは思ってもみなかった。 「覚えてる」 仁斗が嬉しそうに破顔し同じ事を二度言うと、朝陽は小さく舌打ちをしながらストンと腰を落とした。 「ハハ、懐かしい話引っ張り出して来たな。仁斗を大将にその補佐を朝陽、ブレーンの純輝が居て、俺が脇を固める・・怖いもんねぇな」 一徳が感慨深げに呟くと、朝陽もニヤリと笑う。 「だろ?明日からの養成所生活はその模擬戦みてぇなもんだ。一年で頂点まで昇り詰めてそれを卒業まで守ってみろ、そんな事やった奴なんて養成所で誰も居ない。俺達が最初で最後だ」 朝陽の瞳が強く輝くと、純輝も一徳も同じ様に瞳を輝かせて頷いた。 ‘ 変わってねぇな・・ ’ 仁斗は純輝や一徳と笑っている朝陽を見ながら瞳を伏せる。同じ極道の世界に生きているというのに、朝陽からは仄暗さが感じられない。それどころか、この世界ですら朝陽に掛かれば1つの冒険のようだ。突拍子のない言動も朝陽の得意とする所で、仁斗はいつもそんな朝陽に振り回されている。それを楽しいと思う自分も大概だと思うが、朝陽と居る時だけは世界は色鮮やかだった。
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