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校舎裏の一角では柄谷の派閥と仁斗達4人が向かい合っていた。そんな2人の様子を遊佐の派閥が校舎の中からそれを見下ろしている。
柄谷が首を左右に揺らしポキポキと音を鳴らしながら一歩前に出ると、仁斗も一歩前に出た。囃し立てる声があちこちから聞こえ、ただならぬ雰囲気の中、朝陽は廃材の上に腰掛け楽しそうにその様子を見ている。
「始まったら乱闘になるかもしんねぇぞ」
朝陽の隣で純輝が柄谷の兵隊に目を向けたまま言ったが、朝陽は腰を上げようとはしなかった。
「大将同士が出張ってんだ。兵隊に水を差される様な真似、柄谷は許さねぇよ」
柄谷の人となりを知っている朝陽の言葉に、柄谷は朝陽を見てフッと笑った。だが、自分に殺気の孕んだ眼差しを向けている目の前の男に視線を戻すと、スっと真顔になる。
「こい」
仁斗が拳を握り構えると、柄谷はユラリと体を揺らし、何のモーションもないまま回し蹴りで仁斗の顔を狙った。それを腕で受けるとビリビリとした痺れが仁斗の腕に伝わる。大柄の体から出される蹴りは思っていたよりも重く、仁斗は朝陽が ’負けるかもね’ と言ったのにも納得がいった。
「重いねぇ・・楽しくなってきた」
痺れた腕をプラプラ揺らし、仁斗がトントンとステップを踏みながらニヤリと笑う。普段自分を律する事に長けている仁斗の瞳がギラリと輝くと、朝陽は廃材の上に寝転び純輝と一徳までもが廃材の上に腰を下ろしてしまう。自分達の大将の勝ちを確信している3人のその姿に、柄谷の強さを知っている兵隊達は鼻で笑った。が、仁斗の出す拳の速さに目を止めると、その顔色は徐々に焦りが見え始める。仁斗の拳が柄谷の顎を捉えると、大柄の体は後ろに吹っ飛び、柄谷の兵隊は慌てて柄谷に走り寄った。
「柄谷さん!」
「慎二!」
体を起こす柄谷の周りで声を掛ける兵隊を見て、純輝はチラリと朝陽に目をやった。
「何で遊佐じゃなくて柄谷なのか分かったわ」
「だろ?あいつ、昔から人望だけはあんだ。変態だけどな」
ニシシと笑う朝陽に、純輝は今後の算段を考え始めていた。朝陽の ’模擬戦’ という言葉に純輝は引っかかっていて、ずっとその事を考えていた。養成所で頂点を目指す為だけに朝陽が体まで差し出すとは到底思えない。恐らく朝陽は卒業後の事を想定しているのだと純輝は思っていた。
いくら仁斗が次期総代を約束された身だとしても、千龍会とて一枚岩ではない。当然自分よりも遥かに年下のひよっ子に付いて来てくれる者ばかりではないのは分かっている。父、光輝の話では代替わりを機に円城会へと流れる者も多くいるだろうと聞いており、だからこそ柄谷組をこちらへ引き入れる必要がある。柄谷組が流れれば形勢は一気に自分達へ傾く。柄谷を力で屈服させる事は出来るだろうが朝陽はそこに柄谷自身のメリットを与えてやれと言うのだ。それが自分自身だという事を朝陽はよく理解している。朝陽はもう将来に向けて動き出しているのだ、全ては仁斗の為に・・。仁斗が朝陽をどんな瞳で見て、朝陽がどんな想いで仁斗に視線を返しているのか、2人を一番間近で見てきた純輝はよく分かっていた。突拍子のない様子を装ってはいたが、練習台でも何でもない・・初めての相手は仁斗でなければ嫌だったのだろう。その裏にどれだけの葛藤と覚悟があったのか・・。純輝は隣で空を眺めている男を一瞥すると、奥歯を噛み締めた。
「朝陽」
自分を抑える枷を外した仁斗が、柄谷に馬乗りになって拳を振り上げているのを見て、勝敗は付いたと悟った純輝が朝陽を呼ぶ。こうなった仁斗を止められるのは朝陽しかいない。朝陽は体を起こすと、口に咥えた煙草をピョコピョコと上下させ、仁斗に近付いていくと、仁斗の振り上げた腕を掴んだ。
「仁斗、終わった」
正気を無くした様な殺気を含む仁斗の瞳が朝陽を捉えると、朝陽はふにゃりと笑う。
「終わったってば、楽しかった?」
「・・ん・・久々に・・」
口に咥えた煙草を仁斗の唇に乗せてやると、仁斗はようやく柄谷の体から離れ、満足そうに紫煙を吐き出した。柄谷の周りでは今にも飛び掛かる勢いで自分達を睨んでいる兵隊達がいて、朝陽はグルリとその顔を見回した。
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