僕の叔父が初めてハンバーグを食べた時の話

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僕の叔父が初めてハンバーグを食べた時の話

先に断っておくが、これは僕が本当に聞いた実話であって創作では無い 今から、僕が聞いた全てをなるべくそのままに書き述べるので、備忘録的な物と捉えて読んで頂きたい これは僕がまだ小さい頃の話 僕の親戚の中に一人、僕が特に大好きだった叔父さんがいた その叔父の家と、我が家とでは、住む場所が、我々の家は関東、その叔父の家は関西と、あまりにも距離があったので、一年の内でも、正月休みや、夏休みといった特別な時でなければ、会う機会は滅多に無かった その叔父さんは、とても明るく、快活な性格で、特にその叔父さんのする話が、いつもとびきり面白かったので僕はその叔父さんと会える事をいつも楽しみとしていた 話が面白かったと言っても、今となっては、その叔父さんがどんな話をしていたかなんて、具体的には、もうとっくに忘れて思い出せないのだけれども、その中で、たった一つだけ、今でもずっと記憶に残っていて忘れられない話がある 叔父がその話をしてくれたのは、確か、誰か親戚の通夜の時だったと記憶している、当時、僕はまだ小学校の三、四年生くらいで、皆んなは故人の不幸を嘆いているのだけれど、僕にはその人との思い出が殆ど無かったので、その葬式という儀式は、とても退屈な時間に過ぎなかった 当然、僕の家の両親も、その中で、他の親族との挨拶やら、お手伝いやらで忙しくしていて、僕の事を、気にかけている余裕なんて全く無かった 通夜に入っても、僕は、たった一人で、何処に居れば良いのか分からない様な状態でポツンとしていた すると、その通夜の席の、親族の男達が集まって、酒などを酌み交わしている仏前の畳の上に、他の親族達の中に混じって、その叔父さんの姿があった 叔父さんは、僕の事を見つけると 「おーい秀雄、こっちにおいで」 と、呼んでくれたのだ 僕は、今まで、誰も僕の事なんか、相手にしてくれていなかったので、嬉しくなって、その叔父さんの元に駆け寄った 「おー、秀雄、ちょっと見ない内にまた大きくなったなぁ」 と、いつも通りに、明るく言いながら、僕の頭を撫でてくれた ここまで話をしていて、誠に申し訳ないが、僕はその人を叔父さんと呼んでいたのだが、家のおばあちゃんの兄弟に当たるのでので、正確に述べると大叔父さんと言う事になる でも、それは、ウチの親達も、説明が難しいのか、その言い回しが面倒くさいのか、叔父さんだよと、僕に教えてくれていたので、僕はその人の事を『叔父さん』と呼んでいたのだ だから、その人は、その時では、かなりな年齢であった事を状況説明として、今更ながら述べておく だから、その叔父さんは、其処に集まっている親戚連中の中でも、かなりな大御所に当たる様な存在であり、また、その明るく、快活な性格もあり、幾人かで集まっている男達の中でも、常に話の中心にいた 叔父さんは、僕にジュースやら、お菓子やらを何処からか、手に入れて与え、僕をその叔父さんの隣に座らせながら、他の親族の男達と、色々な話をして盛り上がっていた 僕は、昔から、この叔父さんが大好きだったので、ジュースを飲み、お菓子を食べながら、その叔父さん達の話を、内容は、半分以上は訳が分からないながらも、それでも楽しく聞いていた 話の内容は、いつの間にか皆の戦争体験の話になっていて、他の年配者達の疎開の時の話や、空襲の話、又、その人達の親父達の出兵やら、戦争経歴やらの話などで盛り上がっていた 恐らく、今思うと、その話の殆どは、最終的には、暗い話になっていたと思う そんな話を、訳も分からないながらも横で僕がそんな話に耳を傾けていると、叔父さんが、僕の方を向いて 「秀雄、その戦争中にな、俺は多分、今の秀雄と同じくらいの年だったと思う、でも戦争中ってのはな、本当に食べ物が無くて、いっつも俺はお腹を空かせていた、芋の切れっ端とか、大根の葉っぱとか、木の根っことか、道に生えている草や、花だってお菓子代わりとして、なんでも口にしていた」 「へえー」 「川に、ドジョウとか、鮒だとか、タニシだとか取りに行ったりもしていた、でもな、それは、今みたいに飼ったりする為なんかじゃない、全部食べる為だったんだ」 「えー、タニシとか食べれるの?」 「食べれる、食べれる、それを取りに行って、バケツに入れて持って帰って来て、家に帰ると、それをお母さんに、『ほら取って来たよ』って渡すんだ、そうすると、それがその晩の夕食に煮付けとかになって出てきて、お姉ちゃんも、おばあちゃんも、『わぁ!今日はご馳走ね』って言うんだ、それを皆んなでな、『美味しいね、美味しいね』って言って食べるんだよ」 「ふーん」 僕はまだ幼く、戦争なんかの辛さなんか全く知らないものだから、そんな初めて聞く様な話ばかりを、ワクワクした気持ちで聞いていた また、その叔父さんの語り口調が、いつも本当に絶妙で面白かったのだ 「ある時な、近所のおじさんさんが、俺が道を歩いていたら、俺の事を、家の陰からおいでおいでって手招きして呼ぶんだ 俺が『なあにおじさん?』って言って近づくと 『じゅんちゃんはハンバーグは好きか?』って言うんだ (因みに、その『じゅんちゃん』と言うのは、叔父さんの名前が淳二だから、近所の人には『じゅんちゃん』と呼ばれていたそうだ) 俺は、ハンバーグなんて洒落たものは、今まで話に聞いていた事があるだけで、食べた事も、当然見た事すらも無かった でも、話には美味しい食べ物だって聞いているから勿論、『うん、大好き!』て言ったんだ そうしたら、そのおじさんが、『そうか、そうか、実はな、今日、おじさん、ハンバーグ作ったから、じゅんちゃん家に来て食べるかい?』て言うんだ もう、俺なんか、その当時は、いっつもお腹空かせているし、もうずうっと肉なんて口にしていなかったから、勿論、嬉しくなって『うん!食べる!』って言ったんだ するとそのおじさんが、『そうか、そうか、じゃあ、家においで、でも、この事は皆んなには内緒だよ』って言って、口に手を当てて『シー』ってやるんだ でも、その時もう、俺は肉が食べれる嬉しさの余り、頭の中がいっぱいで、『うん、分かった!』と言って喜んでそのおじさんについて行ったんだ そうしてな、そのおじさんの家に入って、其処の食卓のテーブルの前に座ってワクワクしながら待っていると、真っ白なお皿に、それはもうたまらなく良い匂いのした焼いたお肉が乗っているんだ 『ほら、じゅんちゃん、ハンバーグだよ、お食べ』と言って、そのおじさんは、俺にそのお皿をさし出すんだ 俺は、その初めて食べた食べ物を、夢中で、美味い美味いと言いながらバクバクと、その肉を食ったんだ おじさんが、『どうだい?じゅんちゃん、美味しいかい?』って聞くから、俺は、『うん!とっても美味しいよ!』て言うと、『そうか、そうか、じゃあ、じゅんちゃん、もっと食べるかい?』とおじさんが言うから、『うん!食べる!』って言った すると、おじさんは、『でもね、この事は皆んなには内緒だよ』と言って、また口に手を当てて『シー』ってやりながら、またハンバーグが乗ったお皿を持ってくるんだ でも、俺はもう、その時は、目の前にある美味しいお肉に夢中だったから、とにかく、その理由も全然考えずに『うん!分かった!』と言って、それを貰える事しか頭に無かったんだな それで、お腹いっぱいになるまで、そのハンバーグを食べ終わると、そのおじさんは、『じゅんちゃん、美味しかったかい?』って聞くから、俺は『うん、とっても美味しかったよ!』って言ったんだ すると、そのおじさんは、『そうか、そうか』 と言って満足げな顔をしてニコニコとしているんだ そして、そのおじさんはこう言ったんだ 『じゅんちゃん、そのハンバーグはね ネ・コ なんだよ』」 「えー!」 僕は、それを聞いた時、思わず大きな声を上げた そして、叔父さんは、その僕のリアクションを見ると満足そうに 「ガハハハ」 と豪快な笑顔で笑ってみせたのだった 僕は、この話を聞いた時、驚きはあったのだけど、怖いとか、気持ち悪いとかという感情は一切湧かなかった 逆に、その叔父さんの語り口調がとても絶妙でとても面白い話を聞いたと、記憶している まあ、文章として書いてしまえば、たったこれだけの話なんだけども、僕は、その話が、とても印象的で、衝撃的だったので、今でもずっとその話を覚えていた だから、僕は、叔父さんから聞いたその話を、その後、誰かにも伝えたくなっていて、事ある毎に、僕の友人などにもその話をしてみたのだ でも、僕の拙(つたな)いトーク力では、その当時に叔父さんから聞いた様な、衝撃的で、尚且つ、面白さを交えて伝える事が上手に出来ていないみたいで、それを聞く友人の反応は、皆一様にして 「へー」 たとか 「そうなんだ」 とか、女の子に話した時なんかには 「やだ、怖い」 とかくらいの反応くらいになって、大体はそれ程面白く盛り上がる様な話とはならないままに終了する事ばかりだった 今、よくよくと考えると、その叔父さんは、昔の大映に所属していて、かつては、テレビドラマとかの監督をやっていた事もあった様な、今風で言えば、クリエイティブな職業についていた人物だったから、もしかすると、葬式で、つまらなそうにしていた僕を盛り上げる為の、創作だったのかも知れないとも考えられた ただ、そんな一方で、皆が食料に困窮している様な戦時中の話であるのだから、本当にあった実体験の話だったのかも知れないとも考えられた まあ、この今となっては、とっくにその叔父は亡くなっていて、叔父さんにその真偽を確かめる術は無いのだけれども 僕の頭の中では、その大好きだった叔父さんの思い出と共にずっと心の中に刻みついている話なんだよね 僕の叔父さんが初めてハンバーグを食べた時の話-完- ご愛読ありがとうございました!
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