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(……本当に出た)
じゃあおやすみ、と実崎さんが部屋の電気を切って10分ほど立った頃、その影は現れた。
寒気だとか何か嫌な感じがするだとか、そういう前振りは一切なく。それはいつの間にかそこに__詳しくいえば実崎さんの枕元に、いた。
「………」
何をするというわけでもなく、ただじっとそこにいるだけ。座っているのか知らないが頭のようなものがある位置は低く、デフォルメされた人のような姿はどこか間抜けそうにも見える。
影は最初こそ部屋の主である実崎さんだけを見ていたが、そのうちふいに視線をこちらに移した。何となく視線のようなものを感じる、と思って視ていた顔には目の代わりに空のような真っ黒な淵がふたつあった。
「あ」
きづかれた。
ジロジロ見ていたのがいけなかったのかもしれない。あちらもこちらの視線に気づいたのか、幽霊の頭部分はいつのまにかこちらを向いていた。しばらく黙って見つめ合う。実崎さんは安眠している。
数分だか数十秒だか見つめあった後、その丸い空洞が_____笑うように歪んだ。
「……………………!!!!」
その瞬間初めて全身に悪寒が走った。
とんでもなく暗い悪意のようなものを向けられたのだとはっきりわかる。あ、やばい、これはホントにやばいやつだ。関わっちゃいけなかった。はやく逃げないと何かされる。
(逃げよう)
幸いと言うべきか、金縛りにはかかっていなかった。先手必勝とばかりに布団から飛び起きて、開けっぱなしにしていたドアから逃げ出す。白いタイルが美術館の案内みたいに道を示している。
だがそんなに簡単に玄関まで案内してくれるはずもなかった。
暗闇の中で足を誰かに引っ張られる。
立ち上がろうとすれば後ろからペタペタと足音がする。
ラップ音、女の声。子供の笑い声。呻き声。
「ーーーーーーーーー!!!」
そこからはパニックになってしまって、めちゃくちゃに道を進んだ。だって未だに曲がり角を何回曲がったのかも覚えてない_____曲がり角?タイルに沿って行ったなら曲がり角なんかなかったはずじゃ。
バサバサバサ!!!
「今度は何あっデェ!!!!!?!?」
急に開いたクロゼットから、乱暴に振り落とされるかのように物が降ってくる。
雪崩のように降ってくる箱や消耗品やらをなすすべもなく受け続けていたが、やがてその猛攻はゴン!という鈍い音と同時に止んだ。
「う…?」
ドサリと後ろの壁にもたれるように倒れれば、ガラゴロと音を立ててその箱は転がる。
クッキーの箱みたいな六角形の小さなスチールの箱。それは頭にぶつかった勢いで開いたらしく、中身は廊下の暗闇にぶちまけられていた。
「と、止まった……」
散乱している何かに気をやる余裕もない。とにかく逃げたいという一心でパネルを探すも、あたりは一面真っ暗で、ここまで自分を導いたはずの白い光はどこにもなかった。
というより、ここは廊下ですらない。タイルが貼られていたのとはまったく無関係の部屋だ。
「…………は?」
こんな部屋に案内されたことはないし、一回順路を見たときだってあの光は玄関に繋がっていた。かなり錯乱していたから、どこかで道を逸れてしまったのだろうか。
がんがんと痛む頭でそう考えている間に目は慣れて、じわじわモノの輪郭がつながる。さっさと立ち上がってここから出て、そうしたら光を探そう。
そう思って床に手をつくと、指先に何かが触れた。
「うん?」
さっき撒き散らされた箱の中身だろうか。つるつるしていて小さいし、小石みたいに硬い。……これは何だ?他にも大きめのものとか散らばってるけど……腕時計?くらいしか分からない。じゃあこの小さいのはパーツ?それにしては不思議な形だ。
「……」
恐怖心より好奇心の方が勝ってしまって、手に持ったそれを震える手で顔に近づけた。手の中の小さな黒い闇が、だんだんと近づいて何かの形になっていく。
「あ、これって__」
「何の音?」
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