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君を最後の蜜にして
朝日が昇る、ミツルを覆っていた葉は枯れて剥がれ落ち、蔓は次々に朽ちていく。中から現れたのはミツルの姿など欠片も残っていない、大きな白のカーネーションで……
スローモーションのようにゆっくり美しく花ひらくその様子に、僕はしばし見惚れてしまった。
だけど……
『私の愛は生きています』
……そんな言葉を残していく彼女の一途さに、本当にこれが正しい僕らの行動なのかと問いたくなる気がした。
「本当にミツルは……」
そっとその花に近付いて、その花弁に触れる。甘い香りは濃くなっているが、重ねた肌の温もりはもうそこからは感じることは出来ない。
その花の蜜を少しだけ味わえば、僕はなぜか異様なほどの高揚感に襲われたんだ。
……ああ、これが僕がずっと探してきた蜜の味。
「本当に世界一の花になってくれたんだね、ミツル」
僕は歪な笑みを浮かべ、その花弁にそっと口付けるような仕草をする。これが最後だから、彼女の望むような形で。
……お別れだよ、ミツル。
先程までの悲しみはどこかに消え、僕に残された役目はこの花を女王蜂の元へ運ぶ事だけになる。
……これはこの身体と脳の奥深くに組み込まれたシステムが正常に働いたに過ぎない。これが正しい働きバチの生き方なのだ、と。
僕は花を女王蜂の待つ巣へと運び、満足そうな女王の顔を見ることで何にも代えがたい大きな喜びを得ることが出来るのだ。
「こんないい香りの花の蜜をよく見つけたな、八番。次も期待しておるぞ」
「ありがとうございます」
僕はミツルだったものに背を向けると、静かに呟いた。
「……本当に僕にとってとても都合いい子だったよ、君は」
君の言っていた「好き」も「愛してる」もちっとも分からない。だけどそれでいい、分からないままでいるべきなんだ僕たちは。
女王蜂のために新しい花を探しに、僕はまた巣から飛び立つ。決して後ろは振り返らない、ミツルの姿を見る事はもうないだろう。
そう、割り切ることが出来たはずなのに……
「……何だよ、これ?」
雨が降っている訳でもないのに、頬が濡れている? だんだんと前が見えなくなり、息が上手く出来なくなって。
そのまま地上へと落ちていく中、なぜかミツルの最後の笑顔ばかりが浮かんでくるんだ……
……その意味を全て理解した時、僕は自分の中に組み込まれたシステムを強制的に終了させたのだった。
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